今日はクソ真面目な話を。
雨だれ石を穿つ(あまだれ いしをうがつ)
私の座右の銘です。
家の軒先から垂れる雨のしずくの力は小さくて、しずくが垂れるところに置いてある石はなんともない。でも、それが何十年も続くと、その石はやがて穴があく。
学習塾をやっていますが、私は勉強があまりできない子でした。受験と名のつくものは、たいてい苦労しました。他の人が1時間で済むところを2時間かかってしまったり、1年で済むところを2年かかったり。
でも、決してあきらめずに、一歩一歩前進しました。昨日よりも今日。今日よりも明日。1センチでも1ミリでもいいのです。前進することをやめずに、自分の力を信じきって努力を重ねるのです。たとえ周りの人から否定的なことを言われ、八方ふさがりになってもです。
そうやって最後の最後に目標を達成させていった経験が私にはあります。
うさぎとかめの話で言えば、私は間違いなくかめです。うさぎのような人たちが本当にうらやましかった。
彼らを尻目に自分の力を信じて努力を重ねていき、やがては彼らを追い抜いていったことが何回もありました。
塾生の中にはうさぎのような子もいます。とても残念というか、なぜ継続して努力しないんだと思います。その横からかめのような子が静かに着々とうさぎの子を追い抜く姿を見て素直に感動し、励ますことがよくあります。
私は基本的に現状維持が嫌いです。常に1ミリでもいいので、昨日より今日、今日より明日の前進を欲しています。他人にではなく、あくまで自分にです。
その結果、自分がストイックな状態に追い込まれても、逆にテンションがあがってゆきます。そのやり方で結果を手にした経験が何回もあるので、頭の中のドーパミンがガンガン出るようになっているからだと思います。
今うちの塾に通ってくれている子どもたちに、1人でも多く雨だれ石を穿つような子が巣立ってくれればと本当に思っています。
実は皆既月食が起こっているはず。
でも、雲が分厚くて、何も見えん。
そういえば、1年半近く前。確か2009年7月の、夏休みになってすぐぐらいのとき。このときは日食が起きていました。
確か、私用で出かけていたときでした。残念ながら、そのときも雲に覆われていて、まるで何も見えませんでした。
小学生のときだったかな。はじめて月食を見たのは。でも、そのときは月食なのか、普通にお月さんが欠けている状態なのか、正直わかんかった。
また次の機会ですね。
(写真はイメージ。。。すんません。どっかから拝借してきました)
さて、塾ですが、22日(水)までが通常授業。23日(木・祝)は授業お休み。24日(金)は中3のみ。25日(土)から冬講です。お間違えのないように。
おかげさまで、お問い合わせを結構頂いていて、、、あ、、
すみません。来客でした。
お問い合わせで来客とか、お電話とか結構頂いていて、、、、
あ、すみません。電話でした。
すみません。わざとらしくて。でも、今日はこんな感じなんです。チラシ片手にご来塾いただいたのに、コップ片手にウロウロしてたり、「すんませ~ん!」とお呼びいただいているのに、クラス3の奥のほうで机を磨いていたり。。その節は大変失礼しました。
お問い合わせ、お待ちしています!
さて、先日「とあるモノ」をうんたらかんたら言っていました。それってナニか。
写真をご参照くださいませ。
コレを使うんです。
今、試験運用のための試験運用をしています。
一部、中3の塾生の保護者さまの懇談で、成績資料とか入試資料をご覧いただくのにこの「とあるモノ」を使いました。
台数を確保していませんのでほんの一部の試験運用になるんですが、冬講でちょっと使って、使い勝手をみて3月に本格運用の予定です。
実は、1年の中で2学期末が一番点を取らせにくいんです。内容が難しくなります。中1生は特に。点数的に、現状維持させるだけでも大変です。
今回、うちの塾生、みんな自信にあふれた顔をしていました。5科平均91点の子、はじめて5科計400点台にもっていった子。最近塾に入ってきた子で、点数がチラシと同じような上がり方をした子。
点数こそあまり変わらんかったけど、今までと違い「やったったで!」感をものすごく持っている子。この子は次に必ず点数的に期待できます。
彼らに共通している点。それは、「決して自分の不出来を他人のせいにしないこと」です。
自分の出来なささを学校や塾の先生、親兄弟のせいにする子は、残念ながらいつまで経っても伸びません。最終的に責任は自分自身にあることをきちんと自覚した子は、どこかで必ず伸びてきます。それは点数だけのことではなく、人間としてもです。
点数が伸びるとか伸びないとか、そんなことは目の前の一つの現象にすぎなくて、本当はそれらの取り組みを通して人間として成長できるか否かが重要です。
目の前にある「すべきこと」を、決して逃げずに、言い訳もせずに、一つひとつ真摯に取り組んで解決していくことに、本当の意味があります。それがたまたま彼らにとって「勉強」であるに過ぎません。
偉そうなことはいえませんが、我々大人だって、決して逃げずに、言い訳せずに、一つひとつ真摯に目の前の問題をクリアしていけるかどうかが大事です。社会的にどのポジションにいるとか、収入がどうとか、基本的に関係ないと思います。
……あ、さて。
熱く語ったところで、ソフトな話題を。2つほど。
あー。あー。一つ目。業務連絡。あ、業務連絡。
チラシですが、12月13日(月)折込と申していましたが、その日は新聞休刊日だそうで。翌14日(火)朝刊折込だそうです。
2つ目。もっとソフトな話題を。
先日、うちの子供たちが遊びにきてくれました。小1の娘と2歳のボクです。
クラス1でお弁当を広げて、キャッキャッと言って家に帰っていきました。
実をいうと、ここに書く文章、結構時間をかけて考えてたりするんです。しょうもない文章なんですが。。。。
で、今、それどころじゃないので、すみませんが一回パスってことで、お許しください。
申し訳ないので、12月13日(予定)のチラシの第一稿を、チラッとお見せします。
北村先生。兵庫県三田市の特進館学院の代表をなさっています。
実は、この北村先生、開成教育セミナーの神戸三田地区の創業者です。大阪の開成をのれん分けされ(たと思います)、今は開成から塾名をアイズと改め、三田地区では随一の規模・合格実績を誇っています。
それで、北村先生、そのアイズ(開成)を「卒業」され、この11月から新たに塾を立ち上げられたばかりです。
私は広島の鴎州塾を皮切りに、能開センターを経て、第三学章を開く前は尼崎市の木村塾というところにおりました。木村塾というのは、住吉区近辺で言えば、そうですねえ、、、「水谷塾」さんとか「ぐろーえる」さんみたいな塾といえば、だいたいおわかりになるでしょうか。
それで、木村塾の木村塾長と北村先生がお友達で、よく木村塾と三田の開成が合同で勉強会や研修会をしていました。私、この北村先生に直々に授業研修を賜ったことがあります。
ということで、私からすれば「お師匠はんのご友人」ということで、恐れ多い方…
ところで、ナニをしにいったか。
う~ん。結局、直接的に教えを請うた内容は、残念ながらうちの塾ではちょっと使うことができません。持ち帰って、改めてスタッフを交えて、会議の場で口角泡を飛ばして議論をしたんですが。。。
でも、先生が「ついでにコレ、見て!」と言った「とあるモノ」。これはウチでめちゃめちゃ使える!!
早速、その「とあるモノ」を試験的に導入することになりました。試験運用で使用する分に関して、すでに「手配済み」です。
で。
ナニをするか。それは、ムフフフ。12月13日の折込チラシをご覧くださいませませ。ムフフフのフ。。
写真は、北村先生。教室の電子黒板の前で。
この電子黒板、前に立っても影ができません。すごいプロジェクタを使用しています。
無線。ナニ、ソレ?
そう、ナニ、ソレで別にいいんです。外国のオッサンと交信するのを楽しみにしております。
最近は、Voip(インターネット)経由の無線というのがありまして、結構簡単に海外のアマチュア無線家と交信できます。というよりも、skypeみたいなところも若干あるのですが。
日本人同士で交信をしていると、突然海外の友人がブレーク(交信の間に割り込むこと)を入れてくることもしばしば。そうなると、突然そこから英語での会話にかわります。日本人が2人、アメリカ人が1名。で、英語でしゃべる。日本人に英語で質問したり、答えたり。アメリカ人が突っ込みを入れてきたり。どうでもエエ話をあーだこーだとしてるんです。英語で。
ところが、先日。
友人の1人である、フィリピンのボジさんが困っているという。無線上での友人である、名古屋のI氏のブログで知りました。
ボジさん、フィリピンで彫刻家として活躍していて、お孫さんがいるんです。で、そのお孫さんが、ウンタラカンタラ…腸がtwistしてナントカカントカ…命にかかわる…ウンヌン、とにかく大変な様子で、緊急手術で一命を取りとめたとか。
ホッ。よかったやん。
いや、よくないんだってば。ボジさん、健康保険がなくて、手術代が実費で、もうエライ金額になっちゃってさあ…
ってことで、これは大変!いつもアホなことを話してくれる外国の友人が危機的状況になっている!
とりあえず、その情報を聞いてすぐにお見舞金をいくらかフィリピンに送金しました。私だけではなく、彼とアホなことを話しているアマチュア無線家が世界中から彼に送金したみたいです。
無線上では英語で「おい!ボジが大変なことになってるぞ。お金を送ってやれ!オレは100ドル送った。お前はいくら送ってやれるんだ?」みたいな会話が結構なされていたみたい。
で、どうにかお孫さんの容態も落ち着き、彼からメールがやってきました。「お見舞金、ありがとう。孫は元気になりつつある」と。
とにかく、よかった。最近忙しくて交信してませんが、ボジさん、いつものアホアホな会話をしだしたとか、してないとか。
さて、もうすぐ期末テストがやってきます。準備でさらに忙しくなってきました。英語でのアホアホ会話も、もうしばらくお預けになりそうです。
あ、さて。
先週、調子に乗って水泳をはじめた私ですが、見事にクロール25mをきちんと泳げるようになりました。平泳ぎもスイスイ。
ただ、今まで運動してなかったので、何回か泳ぐと息が切れてきます。ゼェゼェ、ハァハァ。
さらに、水泳のせいなのか別の理由なのか知りませんが、今風邪ひきさんです。あぁぁ。当然、今日午前中は時間があったのですが、水泳はパス。ゲホゲホ。早く治らんかな。泳がないと、なんか気がすみません。ゲホゲホ。
あ、さて。
11月に入り、自習にやってくる中3生でにぎわっています。
S講師やT講師が中心となり、声かけをしてくれたおかげです。ボ、、、ボーナス、出さんとあかんな、これは。
今日は自習室に入りきらなくなり、急遽空きブースを開放。
うれしいねぇ。ゲホゲホ。来年が楽しみやねぇ。ゲホゲホ。
あ。
マスクはきちんとしておりますので。塾生に風邪をうつすようなことはいたしません。ご安心を。
島田クリニックの診察室にて。島田先生と私の会話。
島田先生「う~ん。運動ですね。運動をしないと、まずいですね。」
今津「・・・え?運動、ですか?」
し「そうです。運動です。運動すれば、これとこの数値(血の検査結果を指さして)、よくなるはずです。」
今「うう・・・・・・そうは言っても(心の中:ワシ、運動嫌いやし)。やっぱり運動せんといけませんか。何の運動をすればいいんですか?」
し「そう。運動です。だから、う、ん、ど、う。うんどうをしてください。そうせんと、コレステロール、下げたところで意味ありません。」
、、、、てなわけで、会話になってるのかなってないのかわからん状態の中、運動をすることにしました。なんせ、私の目標、70歳まで現役の塾経営者であり続けることですので。寝ているうちに冷たくなるのもごめんこうむりたい。
死ぬんだったら、一族郎党を目の前にして、「ごきげんよう」とか言ってから死にたい。
そして、何気なく自宅近くのスイミングスクールに通うことにしました。ドクター中松が、スイミングスクールのプールに酸欠になるぐらい潜って、水中で発明品を思いつくという文章をどこかで読んだことがありましたので・・・関係ないですけど。
で、楽天で海水パンツを購入。ジャスコとかニチイにはシーズンオフで売ってなかったんです。だいぶ探しましたが。うう。
ワクワクしながら初スイミングスクール。泳ぐのはかなり久しぶりなので、泳げないフリをして、超初心者コースへ。
オバサン、いや、水着姿の貴婦人たちの間に入って、待つこと5分。いかにもバリバリに泳げそうな男の先生、登場。
最初はきっと「ほら、みなさん!水に顔をつけてくださいね。ほ~ら!よくできました(はあと)」みたいな感じなのかなって思ってました。
塾の体験授業に来た子って、このぐらいワクワクしてるんやろか。
甘い甘い。いきなり、クロールの練習がはじまっちゃいました。
ちょっとお漏らししちゃいそう(笑)
でも、なんとなくできました。先生、教え方上手い。デタラメに話を聞いてたのに、思ったより結構、デキル。
ちょっとクセになってしまいそう。
明日は、今日いま一つうまいことできなかった、息継ぎの練習をいっぱいしようと思ってます。
私、母と自分の家族と一緒に暮らしているんですが、母(つまり「おばあちゃん」)と子供たち(つまり「孫」)の会話。
孫「アンパンマンは?」
おばあ「はい。ここよ」
孫「バイキンマンは?」
おばあ「ここよ。はい、バイキンマン。それと、いつも横にいる、かわいいかわいいジョキンちゃん!」
除菌て、、、、し、死んでしまうわ。バイキンが。
先日。中学受験をする子のクラスでの算数の指導中のこと。
食塩水の問題を解いている子がいたんですが、なかなか線分図を描こうとしない。この手の問題、1にも2にもまず線分図を描くよう指導をしております。
で、「線分図を描かんかい!!」と大爆発をしている最中に、電話が。
コードレスホンを取る私。そして、「はい、線分図です」
電話の相手の方、爆笑。叱られていた子、大爆笑。
電話を入れて「線分図」と名乗られたら、私、びびってしまいます。電話をしてこられた方が保護者さまで、よかったよかった。
結果が少しずつ返りつつあります。
沢ノ町校の子たち、すばらしい!
85点とか91点とか。ホンマによくがんばった!うちの塾に入る前はそんなことなかったのに(スミマセン、、、)。
あ。
長居の子も、90点の子とか普通にいますので。めちゃくちゃ頑張った子も、結構いますので。
長居と沢ノ町のテスト前日の指導がちょこっとずれていたので、実は沢ノ町へ少しだけ顔をのぞかせに行きました。午後10時過ぎだったでしょうか。
だれ?このオッサン。
そういう空気が少し流れているのを背中で感じながら(笑)、ちょこっと参戦。
それにしても、エエ教室やなあ。きれいなあ。子供の雰囲気、めっちゃいいなあ、、、オレもここで働きたいなあ、、、、ていうか、ここ、自分の塾やん。
写真は、沢ノ町校から真正面を見た写真。三稜中学校の体育館がよく見えます。
申し訳ありませんでしたが、長居本校はお休みを頂きました。
OBオケの本番がありました。上は80歳近い方から、下は現役の大学生まで。もう年の差なんて、半世紀!
元顧問で、元学長先生が米寿をお迎えになったのを記念して結成された、1回限りのオーケストラ。俗に「一発オケ」とよく言われる形態。
このオケのために、40年振りに押入れから引っ張り出した楽器をメンテナンスして、さらにプロ奏者に個人レッスンをしてもらい本番の板に乗った初老の先輩。
今まで使っていた楽器を手放し、貯金をはたいてものすごくエエ楽器を手に入れた方。
卒業後もずっと音楽をたしなまれ、セミプロ級の腕前を持った方。
さらにはその気持ちが高じて、アメリカの音大に留学してプロ演奏家になった方…
で、私はというと、、、、20年ぐらい先輩の方から「キミも出るやろ?」と言われて、封印したはずのチェロを引っ張り出して参加。
演奏自体は今ひとつだったかもしれません(笑)が、参加した方々の熱い思いがガンガン伝わるエエ演奏会だったと思います。
打ち上げの最後に大学の校歌を歌いました。昔、大学生だったときの定期演奏会の打ち上げとまったく同じように。アホみたいに大きな声で歌いました。私だけでなく、参加者めいめいが。
校歌は1番から4番まであるんですが、1番の途中から3番は声になりませんでした。
写真は、ゲネプロ(本番前の通しリハーサル)の合間にて。自分の席から。写っている女性は、プロのチェロ奏者の先輩。
今日お昼すぎから、経営者セミナーというのに行ってきました。お付き合いのある信用金庫さんのお誘いを受けて参加しました。
毎回、経済界で著名な方をお招きしていろいろお話しを聞くことができます。
今回は、黒岩祐治氏のお話。長いことフジテレビのニュースキャスターをなさっていた方です。
政治のお話からはじまり、見事に再生した山の中の温泉の話、お客さんでいっぱいになった商店街の話…
今日座った席はたまたま後ろのほうの席。会場は、街のシャチョーさんたちでいっぱい。
よく見ると、会場がちょっと明るいかも…いや、そんなこと、言ってはいけません。
人生の先輩・経営の先輩・頭の先輩がたくさん…いや、そんなこと、言ってはいけません。
「頭の光り方が私よりも結構『先輩』な方々」がたくさん…いや、そんなこと、言ってはいけません。
ちなみに、私はまったく気にしてません。もしも気にしてたら、いつも行っている「Ks style」のマスター(←実はここの息子さん、うちに通っていただいています)に、とっくの昔に相談しています。
在阪の学習塾団体が8つ集まり、親睦を深めました。
うちは社団法人全国学習塾協会と、大阪府民間教育ネットワーク(通称:PEN大阪)に入っています。
去年の夏までは、正直なところ横のつながりはほとんどありませんでした。が、それ以降は急にご縁ができはじめ、いろんな塾長先生とお知り合いに。実にいろんなご教示を頂いたり、励まして頂いたり。
昨日も懇親会のときに「おたく、よくあちこちの入試説明会で顔を見まんな!いっつも気になってましたんや!」と声を掛けてこられたのが、天王寺区にあるヨシダゼミナールの吉田塾長先生。
いや、センセー、確かに、確かに。私も先生のこと、ちょっと気になってましたんや。相思相愛??
懇親会の同じテーブルには、京田辺の大住学園の学園長で、「関西私塾の会」会長の吉川先生や、旭区の岡山学習院の岡山塾長先生もいらっしゃいました。
京田辺!
ちょっと前のブログ「菅君、一国の宰相となる」に出てきた塾が、実は京田辺にありました。ちょっとノスタルジックな気持ちに。
岡山先生とも、かなりいろんなお話しをさせていただきました。ただし、私は自動車で来た上に先日よりお酒を辞めてますから、岡山先生はビール片手に、私はオレンジジュース片手に…
ふと思うんですが、塾長先生たち、実は社長さんたちでもあります。「街のシャチョーさん」ですわ。テレビのCMで「日本フルハップ」というのがあるやないですか。あの宣伝に出てきそうな、「街のシャチョーさん」たちなんです。
あのCMに出てくる、財津一郎さんみたいな、あんな感じの…
ちなみに、かくいううちも、お付き合いのある信用金庫さんに勧められて「日本フルハップ」に入ってます。
う~む。う~む。う~む。
中性脂肪が結構高い。でもこれって10年以上前に、島田クリニックの島田先生にも指摘されていました。で、悪玉コレステロールも結構高い。
う~む…
で、島田クリニックの島田先生のところへ駆け込み、相談。
薬を飲むとか、できれば避けたい。自分で何かできないだろうか。で、2ヶ月の時間をもらい、体によいとされることをいろいろ試してみました。
2ヵ月後、ふたたび島田クリニックで血液検査。
出てきた結果。中性脂肪は基準よりやや高いけど、まあまあ普通に近づいた。でも、悪玉コレステロールはまったく変わらず。
コレステロールの件は素人にはどうすることもできないことがはっきりしたので、先生に白旗を振りました。肉の食べすぎとかそういうのではなくて、遺伝的なものだったり体質的なことのようです。で、先生のお世話になることになりました。
ほおっておくと、ある朝「冷たくなっていた」とか、いきなり心臓の動きがおかしくなって、突然あの世に行くとか。そういえば、私の祖父は朝「冷たくなって」50代の若さであの世に行ってしまいました。
でも、中性脂肪、結構エエ感じに減りました。ついでに、体重も2ヶ月で4キロ減りました。
別にきつ~いダイエットをやったとか、何か運動をしたとかではありません。ごはんを玄米に替えてもらい、青汁を飲みだしただけです。
玄米、かなりエエですね。なにしろ、噛む回数が格段に増えました。体の中の悪いものを外にいっぱい出してくれるとか何とか…(詳しいことは知りません)
とにかく、食べ物についてきちんとすることにしました。脂っこいものはとにかくパス。肉も、できる限りパス。ファストフードも、なるべくパス。野菜と魚をたくさん食べ、玄米を愛することにしました(笑)。それと、先日40歳になったのを機に、お酒をやめました。(たばこはもともと吸っていません)
知人にそのことを話すと、「仙人にでもなる気か?」と言われました。私は70歳まで塾長をやろうと思っていますので、あと30年は倒れるつもりはありません。
残念ながら、学習塾の諸先輩方で早くにお亡くなりになったりとか、いわゆる成人病をお持ちの先生方がものすごくいらっしゃいます。できればその仲間には入りたくない(笑)。健康でないと、何もできません。
違いは何なんでしょう?
結論から言えば、「なぜそうなるか、考える」か、「考えない」か。これに尽きると思います。
本当だとここで具体的な例を挙げて話を展開するのが筋なんですが、あまりリアルな話をここに書くわけにもいかず、、、
質問して、答えてもらった返答がたとえ正解でも、「そう!で、なんで?」と突っ込みを入れるようにしています。これは私だけでなく、うちの講師はやってくれています。
あてずっぽうの答えなんて、何の役にも立ちません。たとえ間違いの答えであっても、筋道立てて導き出した答えならば、それはものすごく価値があります。論理だてて考えているからです。
逆に、正解ばかり出していたとしても、「なぜ?」という答えに論理的に返答できなければ、それは間違いと等しい。
考える力がないと、ある程度までは成績が伸びますが、すぐに行き詰ってしまいます。もしくは、無理矢理伸ばして中学や高校に合格しても、入学後に授業についていけなくなり、すぐに落ちこぼれて地獄の3年間(もしくは6年間)がスタートしてしまいます。
考える力があれば、自主学習を行うことができるようになり、成績の伸びはかなり期待できます。その逆は、家でお母さんのチェックがないと勉強できなかったり、言われたことだけしかしない「指示待ち族」になってしまいます。もちろん、成績の伸びなんて期待できません。これはどこの学習塾に行っても、ほぼ同じことを言っているはずです。
今年はさんまが不漁だとか、何とか。
暑すぎるのが原因だとか、何とか。
暑いときに暑くなってもらわんと困るお商売の人もいっぱいいらっしゃるんですが、暑すぎるというのも、困りものです。
さんまかあ…さんまといえば…
数年前の夏講のとき。その頃、講師といえば、私とあと一人のベテランの数学の先生しかいませんでした。当然ながら、塾生もかなり少なかったあの頃。
私は当時の中2生に英語の指導をしていました。
すると、突然「ジリリリリリ…」
非常ベルがけたたましく鳴り響きました。
か、火事!
まずはどこから出火しているのか、確認。場合によっては119番通報をしなくてはなりません。
火災報知機を見ると、3階が光っています。火元はどうやら3階。(長居本校の入っているビルは、1・2階はテナントが入り、3階から上はマンションになっています)
ハンカチで口と鼻を押さえ、煙を吸わないように姿勢を極力低くして、3階へ…
でも、3階には、煙のけの字もありません。
3階の住人の方々もドアを開けて、「ウチとちゃいますよ」と言っている。おかしいなあ。
すると、ある部屋のドアが勢いよく開き、中からパンツ一丁のおっちゃんが出てきました。
「ごめん!ごめん!サンマ焼いててん。そしたら、煙がすごかって、それが火災報知機に反応して。とにかく、ごめん」
まあ、何もなくてよかった。
毎年、夏の終わりになると、サンマのおっちゃんのことを思い出してしまいます。
それにしても、今年、サンマは食べられないんでしょうか。
昨日。
うちの子供たちが「どこか行きたい」と言うので、散歩をしました。
で、何気なく駐車場まで来ると、うちの自動車のところでピタッと止まって、動きません。
こ、こいつら、本気でどこか行きたいと思っとるな…
で、まったく何の計画性もなく、ドライブに。
たどりついたところは、私の育った場所。京都の某所。「学研都市」と言われている場所。
私が育った家は、今は他人の所有になっていて、新しい建物が建っている。近所の風景がガラリと変わり、人口が3倍に膨れ上がり、まるで完全に別の町に来たよう。変わらないのは、近くの中学校とか、お寺とか。
昔、クワガタムシ取りに入って、ものすごく大きなハチに刺されそうになって半泣きになった山。今は、国立国会図書館とか、私の仕事館(廃館)が建っている。
息子はたぶん「テッチャン(鉄道マニア)」。トーマスと、アンパンマンには異様に反応をする。
とにかく鉄道を見ると興奮するので、自動車を近くのパーキングに止め、最寄りの駅へ。
行き交う人がみんな足早に駅に吸い込まれ、自動改札口から定期的に吐き出されていく。
小学生の頃、評判のものすごくいい4つ向こうの駅にある塾へ通うために、この駅の「16時44分発・京都行き」に乗るべく、自転車を立ちこぎしてたっけ。漢字テスト、とにかく燃えてた。横の席の子に負けると、くやしかったから。
中学生の頃、クラブを終えて全速前進で猛ダッシュして、この駅の「18時44分発・京都行き」に乗って、同じ塾に通ってたっけ。毎回、英語の時間にある10問の英訳テスト、めっちゃ燃えてた。英語を覚えたら、外国の知らない人とコミュニケーションを取ることができるから。英文を覚えると、文法を覚えると、純粋にそのコミュニケーションのためのアイテムが増えていくことがうれしかった。
あの頃、「学校の先生は、エエな…オレもなりたい」と思ってた。塾の先生、しかも塾を自分で経営しているとはゆめゆめ思ってなかった。
あれから30年近く。その塾も、とっくに廃業。あの塾の塾長先生、菅首相と大学の同期で、「大学の友達に菅君というスゴイ政治家がおる!」と言ってたっけ。その「菅君」も一国の首相となり、この駅も、急行停車駅となった。そして、自分は子供たちと一緒に電車を眺めている。
そんな思いをはせていると、息子のお尻から香ばしいにおいが。(息子はまだ2歳)
すぐそばのショッピングセンターで紙おむつを買い、おしめを交換。
トイレを出たところで、ものすごく見たことのある白髪のメガネのおっちゃんとすれ違う。「あ、あそこのお兄さんか…」同じ小学校に通っていた、近所の何歳か上のお兄さん。
近くのベンチで、おいしそうにソフトクリームをほおばる娘の顔を見ながら、何となく人生の折り返し地点を自覚した。
夏講真っ盛りですが、練習に行ってきました。大学のOBオケの練習に。
午前中、パー練(注)。わがチェロには、卒業後プロ奏者になったI先輩がいるので、Iさんの指導のもと、要所要所の練習。
基本的に、ボーイング(注)と、運指の確認。
ま、そこはアマチュアでも普通にやります。で、音を出していく。
アマチュア奏者って、ついつい自分の音を出すので精いっぱいになりがちなんですが、そこはさすがプロ。
ココは、こう弾くと弾きやすいし、お客さんから見て見ごたえがある。
ココは、みなさん(アマチュア奏者)はこういうふうに弾きがちだけど、こうしたほうが楽だ。
そんな感じのパー練が続きました。
でも、一番圧巻は、、、手の抜き方(笑)
いや、失礼。どこで力を入れて(いるように見せて)、どこで手を抜くか。そこらへんのプロの技をいくつか伝授していただきました。
これが一番うれしかった(笑)
いや、確かに。
音楽は素人ですが、勉強の指導は私もとりあえず(?)プロ。確かに、勉強の指導でもココ一番は力を入れて、ココは手を抜いて(笑)…
もうちょい適切な表現をすれば、「緩急」をつけるんです。
ご家庭でお母さん方がお子さんに勉強の指導をしているときでも、ついつい「急」ばかりになり、ついには「特急」になり…最後は険悪なムード。
ココっていうポイントはきちんと叱ったり、「急」になったりするんですが、常に特急はあきません。ていうか、無理です。
そのあと、tutti(全体練習)が午後から。いやはや、丸一日。疲れました。
写真は、tuttiがはじまる15分ほど前の、練習会場の様子。大学内に数百人規模のホールがあり、そこで毎回練習をしています。
(注)パー練・・・パート練習
ボーイング・・・弦楽器の弓の動かし方。どう動かすかみんなで揃えておかないと、音がバラバラになるし、見た目も悪くなる。通常、そこはあらかじめ相談してどう動かすかを決める。
以前はよく会っていたんですが、その後お互いに仕事が忙しくなり、長いこと会ってませんでした。
彼、おじいさんの代から続いている真珠屋さんを実質上継いだばかりで、結構忙しそう。自分の手で代々続いている暖簾を守りつつ、今の時代にフィットした形に変えていくことの難しさを切々と訴えていました。
ある部分、真珠屋さんと塾屋さんって、同じ箇所があるんです。というのは、どちらも女性相手だということです。
え?塾って、子供相手の商売って?
いえいえ。とんでもない。女性相手でしょ。塾を決めるのはどなたでしょうか。お金を支払うのはどちらさまでしょうか。子供ではありません。ほとんどの場合、お母さん。(たまに、お父さん)
だから、女性相手なんです。ちなみに、このことはウチの塾の講師スタッフは全員、一番最初のいの一番に研修でそのことを叩き込んでいます。
で、その視点に立ってぐちゃぐちゃ話してました。「こうすればエエんちゃう?」とか、「それでエエんや!」とか…
…ま、そんなややこしい話しはともかく、もしも真珠をお探しの場合は、ぜひ覗いてあげてください。
大きなお店や百貨店とは違い、お客さんの要望を聞いてからオーダーメイドで作っていくお店です。
ヨコタパール
セブンイレブンじゃ、ありません。
セレンブレイン、です。
昨日、セレンブレインの親子体験会を開催。たくさんの方においで頂きました。
まず、最初にセレンブレインを体験。みなさん、結構、必死。
でしょ?でしょ?結構、ハマるでしょ?
自分もそうやったんですが、ケッとか思っていても、気づくと10分経ち、20分経ち…結構集中してしまうんです。
その後、説明。セレンブレインを開発した、和歌山市の学習塾「アレック」塾長の長洲先生に直接レクチャーして頂いたことをお話しさせて頂きました。
セレンブレイン、とにかくスゴいんです。
自分で考え、自分で解いていく習慣をつけることができる、とてつもない講座なんです。
正直、長洲先生に直接お会いしていろいろお話しさせて頂くまで、「ホンマけ?」って思ってました。こちらからアポを取ってわざわざ会いに行ったのに、失礼なことを…
長洲先生、ホンマにあのときはスンマセンでした。大変お忙しい中、お時間をお取り頂いて、気分を悪くなさりそうな失礼な質問をたくさんぶつけて、申し訳ありませんでした。
でも、おかげさまで、きちんとセレンブレインについて理解することができました。
集中力がない・応用力がない・すぐあきらめてしまう・注意力が散漫。
こういう子、ぜひセレンブレインに来てください。おもしろいことが必ず起こります。
セレンブレイン。9月より長居・沢ノ町両校とも開講します。
折込チラシ、実は8月の最後のほうで折り込む予定で、今準備を進めております。
今日、校正を終えて印刷会社にFAXで修正箇所を指示しました。
前回は沢ノ町校のエリアのみ、6月前後に2回折り込みました。
今回は、沢ノ町と長居のエリアに折り込む予定でいます。
前回のチラシ、反響がかなりありました。細かい数字はここで言えませんが、PENの仲間の塾長先生たちから「おお~!」と賞賛の声が上がる程度の結果(笑)。
今回もキープコンセプトで作成。変えたところは…見てのお楽しみ!
っていうか、長居本校の「とある箇所」に、堂々と次のチラシのプロトタイプが貼ってあるんですが。
前回も今回も、元原稿は私がすべて作成。プロの方のアイデアや技術は一切入っていません。実は、エクセルで作っているんです。
エクセルで作成し、それを印刷会社のおっちゃん(おばちゃん?)が何とかという専門のソフトで再作成して印刷しているんです。
再作成していますが、そこで何かデザインを変えたりしていません。
ホンマのホンマに私が作ったのとうり2つで作成してもらっています。
そういう目で、次のチラシ、ご覧ください。広告について、ずぶの素人の私が作成したチラシです。自分で言うのも変ですが、結構よくできているチラシだと思います。
死ぬほど暑いんですが、暑くなるべきときに暑くならないと、世の中がちょっとおかしなことになります。
暑いときにしか売れないモノって、案外多い。
冷夏だとかなりイタイことになります。エアコンとか、夏物衣料とか、夏にしか食べないモノだとか…農作物だって、暑くなるときに暑くなってもらわないと育ちません。
そこらへんのことをしゃべると、大阪の子が一番理解が速い(笑)。ゼニ勘定が速いからでしょうか…
あちこちの地域で塾講師してたんですが、そこらへんの話をしてもピンと来ないのが、田舎の子でした。っていうか、子供だけでなくて、先生も「え?そうなんスか?」っていう人が結構いてて、あきれたことがあります。
夏真っ盛り。去年の今頃は、ぎっくり腰で大変でした。そういえば、10分に1回おしっこに行く子が続出したのも、去年…
数年前の夏は、毎日毎日頭から溶岩が出るかというぐらい、烈火のごとく怒ってました。
もっともっと前の夏は、塾生があまりいなかったのでさみしい思いをちょっぴりしてました。
今年の夏は、うちの塾が2教室になって初めての夏。
自分の知らない子がうちの塾に来ているのが、いまだに不思議に感じます。そのうちに、授業中に沢ノ町校へ顔を出さないといけませんね。でも、はじめて会った子、「このオッサン、ダレや?」って思うことでしょう。
暑い、夏。
今年もどんな夏講になるか楽しみです。
毎月、勉強会が開かれています。日曜午後のやしきたかじんさんの番組ばりに言いたい放題になることもあり、集中砲火を浴びると結構恐ろしい…私はまだありませんが。
今月は、摂津市の東伸塾(河村代表)の教室で勉強会が開催されました。
議題は別のことだったんですが、ふとしたことで「塾生が宿題を忘れてきたときに、どういう対応をするか」という話になりました。
塾が変われば、いろいろな対応があるんですね。例えば…
・残って、きちんと仕上がるまでやらせる【M塾】
・授業に入れない【H塾】
・次の日に来させ、忘れた宿題と今回の授業分の宿題を全部やらせる【G塾】
・残ってやらせる→反省文を書かせて、塾長の前で音読させる→泣かす(恐)→2回忘れたら塾を辞めさせる(怖)【K塾】
この塾長の名誉のために言っておきますが、入塾時に保護者様と本人にきちんとこの点について納得してもらってから入塾してもらうということです。ここの塾生、この塾長の下で宿題をきちんとしてきて、ガンガン成績を伸ばしています。
・笑顔で、無視。
こ、これが一番怖い。この塾長、このあとですることが何なのか、想像がつかないところに怖さがある。泣かすとか、辞めさせるのほうが随分とまし…
え?ウチですか?ウチの場合は、「全員が帰宅後、特に静かな空間に移動してもらい、宿題プラスアルファ(をえっとなる程度)をやってもらう」です。もちろん私の説教付ですし、質問があっても一切受け付けません。自分で勝手に考えろ、と言ってます。そこで質問を受けたら、正直に宿題をしてきた塾生が馬鹿をみます。
もしくは、翌日に強制的に自習に来させて、同じことをやってもらいます。
1人ぼっちで宿題をやっているうちに、半泣きになった人、いるでしょ?ほら、そこのキミ!
でも、泣いたの、キミだけと違うよ。泣いたの、誰にも言わんとくから。キミと私だけの秘密。
勉強会に参加の塾長がすべて同じことを言っていましたが、「宿題は『先生と塾生の約束事』だ」と。約束は、守らないといけない、と。なので、宿題をしてこないというのは、約束を破ったことになる、と。まったくその通りです。
宿題はきちんとしてきてくださいね。
今日、自転車置き場で自転車を整理していると、数年前の卒塾生とばったり出会いました。
いや、久しぶりやね。
今何をしているかと問うと、大学生をしているとか。
彼女が大学生というのが、あまり想像できませんでした(スミマセン…)。ベンキョウ、ダイッキライな子でしたから。
で、同じ学年の子の話に。
結構、みんな、大学に行ってるんやね。この学年の子、なぜかベンキョウ、ダイッキライな子ばっかりやったんですが。
考えてみたら、昨今は4年制大学の進学率が50%ですから。私が高校生の頃(20ウン年前)の4年制大学の進学率は24.7%しかありませんでした(ウィキペディアより)。
高校生が今の約2倍ぐらいいましたし、手持ちのあるデータを見ていると、大学数が20年前は523校だったのが昨年は773校だそうで。
そういえば、「ここ数年で私大のレベルが上がってきたゾ」とか高校生の頃に友達が騒いでいたのをいまだに覚えています。大学生になるのって、今よりももう少し重みがあり、それなりにしんどいことでした。ちなみに難関の国公立大は今も昔も変わりなく、難しいものは難しい。中堅の私大のレベルがかなり昔と今とでは浮き沈みがあります。
ま、いずれにしても、卒塾生の彼らも大学に通って毎日を元気に過ごしているのを聞き、ちょっぴり頼もしく感じました。
毎年この時期に一度お会いして入試情報や普段の勉強の様子をできるだけ詳しくご説明差し上げています。
中学生の保護者様で今関心の高いのは、やはり「新大和川高校」のことじゃないでしょうか。大和川高校は、来春より「大阪府教育センター附属研究学校」に新しく生まれ変わります。
今まで後期試験・5科受験でしたが、来春から前期試験・3科受験に切り替わります。また、今までは第3学区でしたが、大阪府全域から受験が可能になりました。
ということで、来春の入試、ちょっとホットになるかもしれません。
期末テストまっただ中。
世間では、ワールドカップで盛り上がってますが、正直な話、そんなもん、どうでもエエ。
こっちは、期末テストでめちゃめちゃ忙しいんです。
てなわけで、すみませんが落ち着いて「さて、今日は何のネタにしよっかな」とか、考える余裕がありません。
手抜きですみません。でも、ブログは手抜きでも、テスト対策は手を抜きませんからね。
私立中高はほぼすべてで開催され、公立高は私が出席する(もしくはした)ところで言えば、阪南高校や天王寺高校・生野高校・高津高校などで開催されます。
先日も、すぐ近所の大阪学芸中等教育学校の説明会に出向きました。
井上校長先生、誠実なお人柄な上にものすごく気さくな方です。何度か塾の前でばったりお会いしてご挨拶を交わしたことがあります。なぜかそのいずれも校長先生はママチャリにまたいでおられました。長居商店街でお買い物なさってたのかもしれません。
当塾の塾生も、当然ながらここに目指している者がおりますし、何名かすでにお世話になっていて、今この学校でがんばっている者がおります。
新しくできあがった学芸中のパンフ、何部か持ち帰りました。
しばらくの間気づかなかったんですが、よく見てみると制服のページに数年前うちからこの学校に行った子が写ってます。めちゃ男前に写ってますやんか!なんか見れば見るほど惚れ惚れしてきました。わが子が登場しているのと同じくらいまじまじと見つめてしまいました。
パラパラと他のページも物色してみると…
おおっっ!!またまた別の卒塾生がいました!!
理科実験のときの写真でしょうか。それにしても、今年入学したばかりなのに、もうパンフに出ている。
で、早速ウチの中学受験生たちに見せる。騒然。もう、大騒ぎ。
あっという間に、もらってきたパンフや体験授業の案内がなくなってしまいました。
ちなみに、学芸中のパンフに出ている子たち、実際にすべて学芸中の生徒さんだそうです。こういうのはモデルさんを使ったりする学校もある中、彼らの純朴な、利発そうな空気がパンフを通して伝わってきます。
ってういうか、追加のパンフを学芸中にもらいに行かないといけません。
でも、任務を終えたあと燃え尽きるっていうのが、何とも言えず、なんかかわいそうな、そうでないような。
惑星「イトカワ」、地球と火星の軌道を横切るようにして、太陽のまわりをまわっていて、1億年のうちに太陽か、地球か、火星か、金星辺りに衝突して消滅するとのこと。地球に衝突したら、間違いなく人類滅亡でしょう。でも、1億年やしねぇ…その頃までには確実に死んでるでしょうし。
イトカワって、発見した人の名前だとばかり思っていたんですが、違うようですね。発見したのはアメリカの人で、どういう経緯かは知らないんですが「イトカワ」だそうで。きっとwikipediaあたりに細かく掲載されていることでしょう。
私、イトカワとハヤブサとをごっちゃにしていて、惑星の名前を「ハヤカワ」だとばかり思ってました。お知り合いの人に言うと、「アホちゃう?」って目で笑われてしまいました。
お問い合わせや体験授業のお申し込みを頂いたり、すでにご入塾のお手続きを頂いております。本当にありがとうございます。
さらに、取引業者様だけでなく、長居から沢ノ町へ転校して頂いた保護者様からもお花を頂戴いたしました。教室全体がとても華やかな雰囲気になりました。
すみません。写真を撮っておけばよかったですね…
全然それとは関係のない話なんですが、先日私の「相棒」が退院してきました。入院費用、約6万円(泣)。
でも、スズゲンさんで試し弾きさせてもらったんですが、めちゃくちゃ弾きやすくなってました。びびりました。これで速いパッセージもやすやすと弾ける…と思います。たぶん。
で、ついでにあの「ババのビオラ」の所在を職人さんに聞いてみました。どうやら、まだスズゲンさんのどこかにあるらしいです。
沢ノ町(さわのちょう)校、今日より仮オープンしています。
すでにお問い合わせを続々と頂いているようです。沢ノ町校塾長の田澤より先ほど報告がありました。本当にありがとうございます。
土曜に工務店さんから引渡しを受けて、什器備品の設置を7割ほど済ませました。
続いて、昨日(日曜)、私の盟友の「真楽指導ゼロワン」http://www16.ocn.ne.jp/~juku01/の湯川代表から、什器備品をいくつか譲っていただきました。
湯川先生、格安で備品を譲ってくれただけでなく、運び込んで再組み立て・セッティングするところまで手伝っていただきました。本当にありがとう。ちなみに、湯川先生は前職の尼崎の木村塾時代の同僚でした。夏場になると、なぜか肩から「赤タオル」を下げて汗をかきかき授業をしていました。今も赤タオルをひっ下げて指導をしていると思います。たぶん。
沢ノ町「校」ですが、責任者は「校長」でも「校舎長」でも「教室長」でも、「校責」でもありません。「塾長」です。というのも、校舎の権限をかなり責任者に渡しているからで、その責務の重さから肩書きはあえて「塾長」です。
大事なお子さまをお預かりするのにあたって、サラリーマン根性でお預かりするような責任者は、少なくとも私どもの組織では存在させないことにしています。
組織が大きくなると、必ずといっていいほど顔を「本部」へ向け、保護者さまやお子さまに向けなくなる校責任者がどの大手塾にも存在しています。それは絶対におかしい。そうさせてしまうのは、その校責任者が悪いのではなく、結果としてそのような組織を作り上げた創業者や、トップの責任です。
私どもの塾はそんなふうに絶対したくない。自分の教室できちんと責務を果たし、きちんと保護者さまやお子さまに顔を向ける責任者を置きたい。そのためには、その校舎の現場責任者に権限を大幅に委譲することだと確信しています。
ちなみに、私どもは有限会社を組んでいますが、長居と沢ノ町は同じ一つの有限会社で運営しています。そういうふうに話をすると、たいてい「別法人ですか?」と聞かれますが、別会社ではありません。
さて、写真ですが、備品の設置が7割ぐらい終わった、土曜夕方の沢ノ町校の内部の様子です。
ちょっと前になりますが、大学のOBオケの練習に参加。
なのですが、ふとしたことで練習場で自分のチェロをこかしてしまいました。
こかしたとき「パキッッ」という軽い音が。
あぁ…こまを割ってしまいました。
こまとは、チェロ本体と弦を結ぶところです。写真をご覧ください。ちなみに、写真は私のチェロのものではありません。どっかから勝手に拝借したもの(ちょ、著作権が…)
ここの調子が悪ければ、弦の響きは楽器本体に伝わりません。ここはいわば心臓部。ここを壊すというのは、車で言えばエンジンとトランスミッションを一緒にパーにしたようなもの。
OBオケにはプロのチェロ演奏家になった先輩がいてて、その方に診てもらいました。先輩いわく、「ま、入院やね」
ま、でも丸10年間、弦楽器屋さんにきちんと調整を出していなかったので、これを機会にきちんと診てもらうのもいいかな…
10年ぶりに天満橋の有限会社鈴木弦楽器さんへ出向きました。通称「スズゲン」さんです。
ここ、私が学生のときにチェロのレッスンを受けていた場所でもあります。私が教わっていたのは清水和人先生といって、その当時宝塚歌劇団で演奏されていたほか、フリーで活動なさっておられました。また、私のような学生オケで演奏する人を結構お弟子さんにとっておられました。
部屋をきょろきょろしていると、昔スズゲンさんで飾っていた、やたらに大きなビオラがもうなくなっていました。私の師匠の清水氏、このやたらに大きなビオラのことを「ジャイアント馬場のビオラ」とおっしゃっていました。在阪のプロ奏者が一度この「ババのビオラ」を手にして演奏会に出たらしいですが、大きすぎて演奏しにくかったようです。
修理の打ち合わせの刹那、私はその「ババのビオラ」を必死に探しましたが、見つけることができませんでした。
ババのビオラ、どこにいったんでしょうか。
っていうか、あんなに馬鹿でっかいビオラ、誰が弾くんでしょうか。ややもすれば、1/2サイズのチェロみたいでした。かなりよく響いて大きな音が鳴ったそうなんですが。
ところで、修理代金ですが、弓の毛替えやその他の調整も含めて、5万円ということでした。「パキッ」といった瞬間、「あ、5万円!」と直感したんですが、やはりそうか。
あ、そうそう。今度相棒が「退院」するときに、スズゲンの職人さんに聞いてみよう。「ババのビオラ、どこに行ったんですか」って。
6月より、もう一つ大きな流れがうちの塾であります。
塾名をちょびっとだけ改名します。
新しい塾名は、第三学章です。
今までは第三楽章だったので、何屋さんかわからないとか、いろいろ言われていました。これはこれで私自身、思いがいっぱい詰まった名前だったんですが、分校舎ができるのにともなって、看板を作り替えます。
第三学章というのは、一つめの塾の形である「集団指導」でもなく、二つめの形の「個別指導」でもない、三つめの形の「1クラス5名」という形を展開していくことにより、地域の子供達の学力の底上げを使命とする、という意味を込めています。
新しい校舎の開校のチラシの原稿を先ほど印刷業者さんに送信しました。かなり苦心して作成しました。毎回そうなんですが、チラシを作るのはものすごく力を使います。ただ、残念なことにこのチラシ、長居地区の方は目にすることがまずないです。新校舎のエリアのみの折込です。
実は、6月7日(月)なんですが、当塾初の分校をオープンさせます。
場所は、住吉区千躰(せんたい)2丁目の1階テナントです。隣になんだかおしゃれな串カツ屋さんがあります。
千躰にあるんですが、「沢ノ町」校です。近くに南海高野線沢ノ町駅があるからです。ちょうど、道路をはさんで三稜中の西隣り。三稜中のみんなは、体育館から道路側を見ればよくわかります(笑)。いらん話ですが、三稜中と言えばタレントの西川きよしさんの出身校です。
その場所、前は漫画屋さんでした。なので、最初にその物件を見たとき(昨年12月)は、本棚だらけ!
三稜中生はもちろん、墨江丘中や住吉中、大和川中のみんなにも通ってもらえる距離に教室を構えています。みなさんが教室に来てくれるのをものすご~く楽しみにしています!
入塾をご検討されている方。もしもうちの塾生がお知り合いにいらっしゃるようでしたら、5月16日以降にその方をつついてみてください。きっときっと、いいコトがあります。
うちの塾では、ポイントをためればカタログショッピングができます。
1ポイント=1円です。
ちなみに、小学生では学校や塾で100点を取れば10ポイント、中高生は定期テスト・実力テストで60点以上取れば点数分のポイントがもらえます。たとえば、75点を取れば75ポイントです。塾で取っていない教科のテストや、副教科でも構いません。
たいていは、ノートやペン・シャーペンの芯や消しゴム、図書カードなんかに交換していきます。
でも、なかには不思議なモノや、その子しか頼まないようなモノを頼む子もいます。
例えば、ポカリスエットの何かとか。「何か」は、よくわからずにいつも頼まれたら発注しています。また、去年の話ですが、小学生の間で「スーパーマルチ消しゴム」が大流行(笑)。みんな、スーパーマルチ消しゴムばっかり頼んだんです。きっと、発注を受けているおっちゃんは「ここの塾、スーパーマルチが好きやな(笑)」と思われてたことでしょう。通算、30個ぐらい頼んでましたから。
スーパーマルチ消しゴムとは、何でも消えてしまう消しゴム。印刷の字は簡単に消えてしまいます。赤ペンもわりと消えます。
で、国語の問題を解いているときに、誤ってスーパーマルチ消しゴムで解答をまるごと消した子がいたんです。字もきれいに消えましたが、ついでに「マス目」もツルンツルンに消えてしまい、わけがわからなくなってしまいました。その問題、「40字以内で答えなさい」とかいう問題やったんですが…
消した本人、目を白黒させてました(笑)。わたし、知らんぷり。まわりの子は失笑…
また、焼きそばUFOを1箱頼んだ子が以前いました。なんか、栄養偏りそう。案の定、その子はしたり顔で毎日UFOを食べていたようです。ちなみにそのことを突っ込むと、本人は「え?家族に分けたで」とか言ってましたけど。たぶんそれはUSOに違いない。
それで、先日。「チータラ」を頼んでいる子がいました…ビール欲しくなるやんか。
さらには「ふりかけ」。塾で「ふりかけ」て…
極めは、「梅昆布茶」。ちなみに、頼んだのは中学生。彼が梅昆布茶をすすっている姿がまるで想像できんのです。でも、彼は「うまい」と言っていたので、おそらく毎日家でしたり顔して梅昆布茶を楽しんでいたことでしょう。
★次週5月3日(月)は日記をお休みします。
昨日。
大学のOBオケの練習にはじめて参加しました。私はかなり若い方に属していて(笑)、たいていはかなりご年配の方ばかり。
指揮者はいずれもアマチュアの方で、学生指揮をされていた方。そのうちの一人の方は、私の1つ上の先輩。その方の指揮の下での練習時間中、なんかなつかしさでいっぱいになりました。20年近くタイムスリップしたような気持ち。
お互いに、髪の毛に白いものが混じっていたり、前頭部がトゥルッットゥルになっていたり(笑)してますが、心の中は学生時代のまま。
社会的にいろんなポジションの方がいらっしゃってました。ジェット機の元キャプテン(機長)とか、会社の社長さんとか、プロの演奏家になった方も。
練習中、プロ奏者の方の技を盗もうと必死になりましたが、なかなか盗めず。ま、タダで盗もうなんてスケベ根性はいけませんよね。きちんと対価をお支払いして、指導してもらうのが一番です。
なんかバタバタしがちなんですが、毎年4月は比較的ゆっくりと時間が流れていくはずなんです。
「はずなんです」て…
実はある丸秘ビックプロジェクトを水面下で進行させています。だから、かなり結構忙しい。まだここでは公式にお知らせはできないんですが。言っちゃおうかな。いや、まだダメです。
ま、そのうちにわかることなんですが。
春講も本日5日で終了。うちの塾は、中学生の場合、春講では1学期の予習を一気にかけてしまいます。それで、1学期に入ったら再び学校の進度に合わせて、教科書のことを徹底的にやっていきます。復習は?という声が聞こえてきそうですが、それは期末テストが終わってから講習会がはじまるまでのおおよそ1ヶ月間にやってしまいます。ちなみに1学期の復習は7月に行います。
さて、春講前のことなんですが、家族と親族を連れて信貴山のどか村に行きました。
いちご狩りをするつもりだったのですが、残念ながらいちご狩りは終了とのこと。仕方がないので村内でごはんを開けて、はしゃいでから帰りました。
菜の花がとてもきれいでした。
次は生駒山上遊園地に行こうかと思っています。
先日、卒塾生の保護者さまからお誘いがあり、ある講演会に行きました。簡単に言えば「教育とは」という命題での講演で、仕事柄知っておかなくてはならないことがたくさん出てきました。
講演会の途中にその会のえらいさんが出てこられ、ご自身が最近出版なさった本のご紹介をしていました。
あれ?あれれ??
会場のほぼ最前列に座っていた(最近、自動車の運転時以外はめがねをかけていませんので)ので、お顔がほぼ見えたのですが、このえらいさんのブログ、私は時折チェックをしていて、いつかお会いしたい方だなと思っていた方の一人だったのです。
この会のえらいさんをなさっているとはつゆ知らず。人と人とのつながりって、本当に不思議なものです。どこでどうつながっているかわかりません。
会場でその方の著書を買い求めました。
次の休憩時間に絶対にこの方を探し出してサインを頂こう。
そう思い、休憩時間になるや否や、すぐに目を皿のようにして探し出してわずか0.5秒(笑)!
この方、私の隣の隣にお座りになっていらっしゃいました。めちゃめちゃびびりました。すかさず「先生、ぜひご本にサインをください」とおねだり。大変快くサインに応じて頂いただけでなく、名刺交換もさせて頂きました。
つい最近も、昨年のNHK大河ドラマ「天地人(てんちじん)」の作者の火坂雅志(ひさか・まさし)先生の講演会があり、お誘いを受けて聞きにいったのです。私は先生のお話に大変感動をし、すぐさま会場で天地人のハードカバー2冊を買い揃え、先生のサインを頂きました。
ここのところ、とてもとてもツイています。なんかちょっとテンションが上がっています。
昨日は祝日で、月曜でしたがブログ更新ができていませんでした。
今日は大阪府公立高校の後期試験の発表の日。
1名だけまだ連絡が取れていないのですが、そのほかの子は全員合格。
受験を通して成長してくれた子もいます。毎年、この時期になると「塾やっててよかったな」と思います。
春講も目の前。桜も咲き始めました。本格的に春を迎えます。
自分の娘の幼稚園の卒園式に行ってきました。
年齢を重ねるごとに、だんだん時間の過ぎるのを早く感じます。ついこの間入園したばかりと思っていました。
定刻のちょっと前に会場に着き、席に着こうとすると、保護者席も幼稚園児用の椅子が。で、幼稚園児用の椅子に大きなお尻を無理矢理詰め込み(笑)、式がはじまるのを待つこと30分。元気よく園児が入ってきました。
最近、自動車の運転のとき以外はめがねをかけていないので、残念ながら自分の子供がどこにいるのか今ひとつよくわかりませんでした。
でも、卒業証書を受け取っているときの娘は、よくわかりました。名前を呼ばれていましたから(笑)。とりあえずカメラのシャッターを適当にパチパチ。あとでみると、何となく取れていました。
それにしても、式の間じゅう、保護者席の私語の多いこと多いこと。思わず閉口してしまいました。見たこと聞いたことの感想を言い合いしたい気持ちはとてもわかりますが、それは心の中にそっといったんしまっておいて、あとで話のネタにすればいいんじゃないですかね。小学生入学前の子供たちのほうが、よっぽどお行儀がよかったです。
4月からは娘も小学生。先日大阪市外に引っ越しましたので、大阪市とは違う小学校に入学します。さらに、娘は発達障害を持っていますので、特別支援学級に通う予定です。すでに入学する予定の小学校へ子供を連れて何回か打ち合わせをさせて頂いておりますので、安心して通わせることができます。
公私とも、めちゃめちゃ忙しかったんです。
今日、決算を行いました。いちおう有限会社を組んでいますので、確定申告ではありません。
私は税金についてはまるで知らないし、経理のことも皆目知らないので会計事務所と顧問契約を結んでいます。もちろん、帳簿は自分でつけています。
そこの税理士の先生、実は友人です。音楽仲間で、バイオリンを弾きます。何回かモーツァルトのカルテットを、かなりゆる~い感じで演奏して遊んだ間柄です。
ですので、気安い友達でもあります。当然、決算上の数字もかなり突っ込んだ話が出てきます。
税理士:「いや、キミ、そらいくらなんでも…」
今津:「え~?なんでアカンの?ええやん、別に。」
税:「せやから、今はよくても、のちのち困ることに…」
今:「でもやね、コレは1年後は確かにキミの心配するとおり○○になるけど、3年後に…云々…というわけで大丈夫なんや」
税:「…」
何のことかわからないと思いますが、細かい内容はものすごく企業秘密が入っているので、ご勘弁ください。
こんなやり取りが小一時間続いて、決算は終了。今日中に税務署に電子申告された模様です。
この儀式が済めば、春を感じます。
毎年、3月になるとなんかワクワクします。
自宅でインチキなガーデニングをしていて、そこで毎年イチゴを作っています。今は枯れているんですが、この時期から土を替え、元肥を入れて太陽に当ててやると、グイグイと伸びてきて、4月なかばからゴールデンウィークにかけて、かなりイチゴができます。
それと同時に、なぜかイチゴと一緒に生えているミントもグイグイと伸びてきて、いいにおいをさせます。イチゴとミントは親戚みたいなものです。
毎年、鳥がやってきてかなりイチゴを食い荒らすので、今年はネットを買ってこようか、それとも鳥が来るのを見て楽しんでおいてイチゴはあきらめるか、どうしようかと画策中です。
先日、大学オケ(オーケストラ)の15年ぐらい上の方からメールが来ました。
「今度、OBオケをするんで、君も出るように。よろしく」
ううむ。めっちゃ忙しいんですが…
で、とりあえず、その先輩方へお電話を入れました。先輩といっても、50代なかばの、電機店を数店舗経営する社長さんです。
お話しを適当にしてからお断りするつもりだったんですが、先方から先制攻撃を受けてしまいました。
「あー?君、出てくれるんやろ?!」
「いえ、あの、その、ちょっと…先輩がそこまでおっしゃるなら、出ます!」
ああ~orz
めっちゃ忙しいっちゅうのに。でも「忙しい」は理由になりませんでした。先輩は、同業者組合で副理事長のお立場。さらに次期理事長が決定していて、自社の経営でも走り回っていて、まさに鼻血が出るほどお忙しいお立場。私のように、小さな塾を経営しているのとはわけが違います。
それにしても、練習する時間がありません。それ以前に、何の曲を演奏するかもよくわかってません。
練習に出て、「あれ?キミ、この曲、サラってないん(注)?」とか言われれば、おしっこちびってしまいそうです。
というのも、大学オケは体育会と同じように上下関係が厳しいんです。
そろそろ塾の事務室に飾ってあるだけのチェロを自宅に持って帰って、時間を作ってきちんと基礎練をせんといけません。
その前に、参加費を振り込まないと。
(注)サラう 楽譜に書いてあるとおりに音を出して演奏できる状態にしておくこと。またその状態になるまで個人練習をしておくこと。
清風南海、2年連続で合格者を出したのが一番うれしかった。この学校、レベルは天王寺高校と同じです。あとは学芸の特進や浪速・大阪夕陽丘の特進等々。すべて予定通りの仕上がりでした。
うちの塾生、基本的に中学生は各学年15名程度しかいません。しかも、入塾テストをしていませんし、合格先にこだわって進路指導をしているわけでもありません。あくまで「行きたい」という学校を聞いて、その目標を叶えてもらうべくアプローチをするだけです。
公立前期試験まであと約1週間。前期の結果は3月に入ってすぐ。春はもうすぐそこ。
tweet(つぶやき)を140字までであらわし、発信するというもの。
ちょうど、ブログとチャットの間のような感じといえばいいのでしょうか。チャットですと、すぐに発言が消えてしまいます。ブログだと(ここもそうですが)起承転結をある程度きちんと考えて作文をしないと、何を言っているのかわからない文章になりがちです。
でも、twitterだと、そのときの思いつきの発言を書くのですが、あとから見るとブログっぽくなっているから不思議です。
最初はあまり乗り気ではなかったのですが、やりはじめてみると何となくおもしろい。
twitterをやっている有名な方では、原口大臣とか鳩山首相がいます。また、ソフトバンクの孫さんとか、私は見ないですが芸能人の人もたくさんいるみたいです。
孫さんは大河ドラマに夢中のようです。原口さんは、テレビで拝見するよりも一所懸命に国のことを考え行動している様子がよくわかります。鳩山さんは、1日1回だけつぶやくようです。
私立高校入試(2月10日)がだんだん近づきつつあり、中3生の指導は佳境にはいってきました。
毎年この時期になると、受験を向かえた時期のかつての自分を思い出します。こんな仕事をしていてここで言うのはとても恥ずかしいことなんですが、私は受験の敗者でした。ことごとく失敗の連続。それこそ、神様は私にわざとイヤガラセをしているのではないかと真剣に悩んだぐらい。
でも、ただ一つだけ言えることがあります。それは、常に努力していたということです。これだけは本当に本当です。
やり方がちょっと間違っていたり、レベルが自分には合っていなかったり、方向性がきちんとしていなかったり。要するに、どんくさかったんです。
ですから、当時の自分と同じ状況にある子が塾に入ってきたとき、自分と同じ失敗をさせたくないという思いが強くなり、指導が熱心になってしまいます。
100人の受験生がいたとすれば、勉強が大好きな子は2~3人。そんな子はほっておいても天王寺高校行きです。彼らに塾は必要ありません。
残りの97人の子にエールを送り、時には叱り飛ばし、あるときはわが子のようにほめちぎり、あるときはお兄さんお姉さんのように横についてあげて勉強をみてあげる。それが塾の使命、いや、私の塾の「第三楽章」の使命だと思っています。
桃山学院中(6年進学)・大谷中(←大阪)(特進)・大阪学芸中(スーパー特進)・関西大学連携 浪速中(特進)
本当によくがんばってくれました。この子たちが、4月にそれぞれの中学の真新しい制服に身を包んでいるのを想像すると、感無量です。
ところで、先日、近くの温泉(銭湯とちゃいますよ)に行きました。
私は温泉が好きです。20代の頃、中国地方の大手進学塾で校舎長をしていました。ちょうど、山口県の湯田温泉の近くの校舎にいたとき、毎週のように湯田温泉内にある、あるホテルの温泉につかりにいっていたことがあります。そこのホテルの経営者、実は塾生の保護者さまでした。
のんびり湯船につかっていると、見覚えのある子供たちが私の目の前を通り過ぎていく…そこの経営者である保護者さまのご子息、つまり「塾生」がそこにいました。ま、なんというか、裸の付き合いというか。彼も今は大学を卒業して社会人になっていることでしょう。彼のお姉さんも県下髄一の学校に進学指導させて頂きました。もう10年以上昔の話です。
サウナに入る楽しさを覚えたのもその頃のこと。
で、実は先日、サウナに何回も何回も入っては出て、入っては出ていました。何回出たり入ったりしたかよく覚えてません。サウナに入るたびに、隣のオッサン(失礼)と、「無言の競争」をするのです。すなわち、どちらがギブアップして先に外に出てしまうか。無論、先に出たほうの負け。
私、全勝。でも、まあ、くだらないこと。
身も心もリフレッシュしました。私立高校入試まで、あと16日。がんばってもらいまっせ!
私立中入試、中盤戦。
うちの塾、今回は3名の6年生が入試を受けています。彼らは持てる力を全力で答案用紙にぶつけていることと思います。やるべきことはすべてやりました。あとはその子の「運」と、その学校とその子の「相性」というか「ご縁」次第です。こればかりはどうしようもありません。
加盟しました。学習塾協会に。
正式名は、社団法人全国学習塾協会です。そこの正会員にならせていただきました。
お付き合いがあり私が「兄貴」として慕っている柏原市の栄光塾・杉山塾長が、協会の常務理事をなさっています。ふとしたことで入会することにしました。
業界団体はいくつかあるのですが、その中でも全国学習塾協会は最大規模で、学習塾業界にお上から何かお伺いがある場合、たいてい全国学習塾協会にまずやってきます。正会員塾も錚々たるものです。うちのエリアで言えば、開成教育セミナーさんや水谷塾さんが正会員です。
うちのような弱小・新興塾が入れるのかかなり心配でした。事務処理内容・コンプライアンス(法令遵守)面・学習塾としての指導力量・塾長の経歴等、かなり厳格な審査を受けました。入会許可が下りたということは、それらがみなきちんとしているということです。
民間学習機関として、うちもやっときちんとした機関のひとつとしてお墨付きを頂きました。今後はそれに恥じないような学習進学指導・学習塾経営を心掛けてまいります。
本年もよろしくお願いいたします。
私は毎年年初にその年の目標をたてることにしています。
去年の年初にたてた目標。いろんな数値目標があり、残念ながらここでは赤裸々すぎで公表できません。その目標に対しておおむね80%達成でした。簡単に言えば、100点満点を目標にがんばったけど、80点を取って結構くやしい思いをしているような状態でしょうか。ちなみに、「ダイエットして3キロ減量」とか「50万円貯金する」とか、そんなのではありません。
それで、今年の目標。というより、2010年なので、向こう10年間の目標を壮大にたてました。
その内容、今の時点では大ボラ吹きそのものです。でも、10年後には「普通やな」と思っている内容かもしれません。
ちなみに、2000年1月の私が2010年1月を迎えた私を見て、きっと思うこと。
・おっ!結婚してるやん!
・とうとう独立したんか。それにしても自分で塾やってんの?ホンマかいな?
・っていうか、毛ェ薄っ
2000年1月の時点で、周囲の人たちに「オレ、独立するのが目標やねん」とか公言していたら、まず間違いなくホラ吹き扱いされていたことでしょう。ちなみに、2000年1月の時点で、本当の本当に独立して自分でやっていこうと思っていました。(その後強烈な挫折を味わい、自分の授業の腕を1から磨き直すことになるんですが…)
たぶん2020年1月の私を見て、今の私がきっと言いそうなこと。
・おまえ、ホンマにやりやがったな!
・ホラ吹きにならんで、良かったわ。
・う、海坊主
一体何を「やりやがった」のかは、すみませんが今言えません。でもそのうちにちょっとずつ意味がわかってもらえると思います。ひとつ気長にこの今津の相手をしてやってください。
大ビンゴゲームをおこないました。1年かけて、いろんな景品を用意しました。写真は、最後の景品をかけてじゃんけん大会をしているところです。
最後に、私がチェロで「千の風になって」を演奏しました。でも、ほとんど練習してなかったので、ちょっと失敗しましたけど。
来年もよろしくお願いします。
チェロを弾いています。
塾の事務室でゴソゴソと事務作業をしていると、電話が鳴りました。
受話器を取ると、なつかしい声が。
大学のときに同じゼミにいた、M君でした。大学を出てからM君は中国地方の私立中・高で国語科教諭として教鞭をとっています。なつかしいなあ。実に10年振りに話をしました。用件は、中3の生徒が自分のところの高校にあがらずに大阪のとある私立高校を受験するので、その学校の情報をいろいろほしいとのこと。
大阪府内の学校でしたが、そこはうちの塾生がまず受験しなさそうな学校なのでほとんど情報を持っていません。それで、あちこちのお知り合いの塾長に電話をかけて、情報をかき集めて折り返し電話で伝えました。
学生の頃は、お互いの下宿でよくお酒を酌み交わした間柄でした。そういえば、一度、M君の家に同じゼミの某先輩(この方は神戸地区の某女子高の国語の先生をしています)が遊びに来て、私を電話で呼び出して朝方まで飲んだことがありました。でも、翌日に私はある演奏会の本番。睡眠不足な上に2日酔いで、大変でした。2時間しか寝ないで演奏会の本番。むちゃくちゃやってました。
黒靴指定だったのでかばんに革靴を入れていったのでしたが、酔いの覚めない私は黒革靴の右側と、茶色の革靴の右側を持参。楽屋でそれを発見して死にそうになりました。結局、当日は板に乗らない他の方の「黒っぽい」布製の靴を無理に借りて板に乗りました。(楽屋で大笑いされました)
さらに、本番中、「をえっ」となりそうになり、悶絶寸前に。そのときに演奏していたのは、確かブラームスの3番。「をえっっ」寸前の状態になったのは3楽章。だから塾名を第三楽章にした…わけではありませんので念のため。
ふと昔のことを思い出してしまいました。
師(=先生)ですら忙しく走り回るぐらい忙しいから、師走というのかと思ってました。先生と呼ばれる人は、わりとのんびりしているように見えますからね。もっとも、現代ではちょっと違うと思いますが。
でも、先生が走り回るという意味とは、ちょっと違うようです。
12月に神社の祈祷師が各家庭をまわるところから来ているようです。そんな風習があるんですね。師とは先生の意味のほかに、僧侶や祈祷師の意味もありますからね。
で、商売柄、他人からいちおう「先生」と呼ばれる私はというと…
結構走り回ってますよ。
今は冬講の準備と入試の志望校決定のことで走り回ってます。頭の中でしたら来年3月~6月のことで「走り回って」ます。
全然関係ありませんが、中学入試のクラス、予約を承っております。実は今の時点でお問い合わせを数件受けております。来年1月中頃に折込チラシを入れて募集を正式にする予定なんですが、その時点ですでにコマが埋まってしまいそうです。ご検討なさっておられる方はお早めにお問い合わせください。
というより、小学生担当の先生に作ってもらいました。私はどうしてもこのへんのものを作る頭を持っていません。
クリスマス会、教室のキャパシティの関係で25名しか入りません。一時定員になったので締め切りましたが、1名キャンセルが出ました。誰か来ません?
さて、クリスマス会、トリで私はチェロを弾くことになっています。でも、全然練習してません。ていうか、何の曲を弾くかも考えていません。忙しくて練習するひまがありません。もちろんプロでもなく音楽大学を出たわけでもなく、ただ単に大学のときに部活でオーケストラに入っていただけです。なので、ど素人ですから、練習が特に必要なのです。あわわ、どうしましょう。
期末テスト真っ盛り。
今回、中1生の成長が著しいです。
1学期の頃は小学生丸出しの子ばかりでした。でも、今回はどの子も目つきが違います。どの子も獲物を追っている目つきです。
また、机にひたすら向かっている姿も、もはや高校受験目前の中3生顔負けです。英文を覚えるスピードも速い。ちょっと前ならば、絶対に文章題を読んできちんと方程式の式をたてられそうにない子が、黙々と式をたてて私に質問してきます。彼ら(彼女ら)の内面が日々成長しているんやな、と実感。
心の成長ができている子は、必ず成績にも反映しますし、クラブ活動にも反映します。この子たちは無限の力を秘めているな、と感動しました。
実は、中1生はごく一部の子以外、私は普段指導をしていません。なので、たまに指導をすると、変化がビシバシ伝わってくるんです。
毎日バタバタしています。毎度のことなので、ルーティンワーク(決まりきった仕事)化していることも確かにたくさんあります。この単元はこんな形で、このぐらいの分量で出てくる、というのも実はかなり決まりきっています。本当の本当にワンパターンなんです。
毎回違うのは、塾生の顔です。同じ子でも成長していきます。相手が生身の子供である以上、一人ひとりのDNAが違うように、だれ一人として同じように接することができません。そこはどんなに科学が進歩していこうとも、絶対に機械化・画一化できません。以前勤務していた進学塾で、塾長先生から「教育っちゅうもんは『人から人へ』やで!」と耳にたこができるぐらい聞かされていました。ネット授業や、パソコンで指導をするシステムがたくさんありますが、うちはあくまで「人から人へ」を大原則としています。
小学生実験、第3回目は静電気の実験。
最初、なかなかビリッときませんでしたが、後半でビリビリ。
今回で、今年度の実験はひとまず終了。来年は、どんな実験をしようかな。
「塾の先生、大募集」
知らない土地でみた広告です。その塾は大手塾。業界的に、全国的に知らない人はいないぐらい有名な塾。悩んだ末、結局書類を送ることに。書類審査でパスし、次にテストを受けに来い、という案内がきました。それもパスし、次に模擬授業をしに来い、と声がかかりました。 模擬授業は確か、高1生向けに古典の授業、ということをしたと思います。あまりに出来が悪かったのか、試験官をしていた取締役の先生(現在はもっと偉いさんになっています)は頭をかきながらしばらく黙り、「中学生を指導する、ということなら採用してやる」と言ってくださいました。きっと素人丸出しの指導をしていたはずです。ちょっぴり恥ずかしい思い出です。
結局、新卒で入った会社を1年足らずで辞めてしまい、ある大きな塾で塾講師としてのスタートを切りました。そこからいくつかの塾を経て今に至ります。今、おまえは何の教科が専門だ、と言われれば正直困ります。何でも屋というべきでしょうか。
目的をはっきり持って変わったとはいえ、国語が大好きで入ってきたわけではありません。でも、まわりは国語大好き・古典大好きな人ばかり。場違いかな、とも思いました。さらに男子校出身の私にはおしりがむずむずするぐらい、女性が多い。確か当時私の学年は40名ぐらいの学生がいましたが、男性は私を含めて数名。あとは全員女性です。1学年40名ですが、教授は8名!すばらしい環境でした。ちなみに当時1万名近く学生がいる大学でした。
加えてクラブが忙しく、アルバイトもやっていました(ファミリーレストランでウェイターを4年間)ので、寝る時間があまりありませんでしたが、どうにかこうにか4年生に進級。教育実習へ行くことになりました。それで、迷わず中学校へ。
出身中学校ではいきなり初日から中1生の授業を持ちました。今思うに、ものすごくど素人でした。必死で授業をしていると、あまりの下手さに担当の先生が割って入って授業をする始末。ある時、クラスをドッカンドッカン笑かしたことがありましたが、職員室に帰ってから担当の先生に大目玉をくらったこともありました(今となってはいい思い出です)。
でも、そうしているうちに、私の頭の中には一つのことが浮かび上がってきました。
いったい、授業中、クラスの誰に焦点を合わせて授業をすればいいんやろう?
このクラスの中には100点の子から0点の子までいる。50点の子にあわせて話をしていると100点の子は退屈そうにしているし、0点の子の目はみるみる間に死んだ魚のようになる。0点にあわせると、ほとんどの子は退屈そうにしているし、100点の子に合わせると、ほとんどの子が死んだ魚の目をする。
結局、私は教員の道をあきらめました。(教員免許は取りました)
卒業後、私はある専門商社に入社しました。右も左もわからない知らない土地に配属され、見知らぬ取引先に車を運転して営業をする毎日。すぐにおもしろくなくなりました。1年が経ったある日、ふとある雑誌をながめていると、「塾の先生、大募集!」という記事を目にすることに。
(つづく)
大学に入った私がまず思ったこと。学習塾の塾長をやっている者が言うべきことではないんですが、当時はまだ大学生。お許しください…
でも、そんなことを宣言して遊んでも、すぐに心の中に空虚感が出てきました。部活(オーケストラ)の部員になっていましたので、かなり忙しい毎日を過ごしていました。でも、むなしい。
ホンマにこれでええんか?オッサンになってから、大学のときに遊びほうけていて何も勉強しませんでした、何も資格を取りませんでしたでは絶対後悔するんとちゃうか?
かなり真剣に考えました。自分のしたいことは何か。結局、自分のしたいことというのは、人にモノを教える仕事ではないか。そう思うようになっていました。
私の小学6年生の頃の夢は、クーラーのある学校で先生をすること。中・高のときは授業中に「この先生のように授業をしたいなあ…、いや、できるんとちゃうか」とかずっと思っていました。
そうか。先生になろう。でも、何の先生になればええんか。英語?社会?それとも国語?なぜか文学部に属していたので、取ろうと思えばそれらの先生の資格しかありません。それならば、どの勉強をするにも必ず国語力が必要になる。国語かあ…そうや、国語の先生になろう。
私は、当時属していた学科から国文科へ2年生のときに転科をすることを決意。そしてその願いは叶えられることになったのです。
(つづく)
今だから白状しますが、私、高校1年~2年の頃は古典が大大大っ嫌いでした。
なんでこんなカビくさいものを今さらせなあかんねん、とか思っていました。当然ながら定期テストのたびに、欠点スレスレ。大学入試では必ず古典が必要。でも、イヤなものはイヤ。英語だけの入試ってないかな、とか本気で思っていました。(実は英語が得意だったんです)
ところが、ふとしたことから高2の3学期頃に塾に通い出し、「個別指導」の指導を受けることになったのです。先生は京大の国文科の学生の先生。今でこそ個別指導はメジャーですが、当時は大変珍しく、そんな指導はほとんどなかったように思います。当初は英語を指導してもらうつもりが、いつしか大の苦手だった古典の指導にすり替わり(相手は国文科の学生の先生ですから…)、あっという間に死に体と化していた助動詞がバリバリになり、それと同時に古典が手に取るようにわかり出しました。個別指導恐るべし…
これで大学入試も楽勝…のはずだったのですが、どんくさい私は浪人してしまい、ある予備校に通うことに。そこでのクラス担任の先生が、どうしたわけか古典の先生。すっかりはげ上がった頭をピカピカ光らせながら、大勢の浪人生たちにマイクで講義なさる先生。その先生に毎日質問攻めをし、大変お世話になりました。
どうにかこうにか大学に合格したという報告をしたとき、自分の親の数倍も喜んでくれたのがこのハゲ上がった古典の先生でした。もう、自分の息子が合格したかのように。
「ホンマに良かったなあ。どや?メシでも食いに行こうか?」
そしてその席上。
「先生、もうボク、これで古典なんか二度と読む機会がなくなったと思うんですわ」
「そうかなあ…。いや、キミ、そんなことないで。たぶんキミ、触ることになるで」
ほんまかなあ?
でも、現在たまに触っているというか、指導をしているんですから、まったく不思議なものです。
(続く)
小学生実験、今回は体がフワリと浮く実験。
みんな興味津々(きょうみしんしん)。
浮いたかって?バッチリ浮きました。
次回は「カミナリ発生装置」を作ります。
ところで、今回はWFPへ500円寄付できました。参加してくれたみんな、ありがとう。
先週あたりから、じわじわとうちの塾生にも猛威をふるっているインフルエンザ。
今週は中学生の中間テストが行われるので、うちの塾ではテスト対策を行っています。日曜は朝から「特訓」指導を行っていますが、とうとうこの特訓で新型インフルエンザもしくはインフルエンザの可能性のある子の欠席が目立ちはじめました。
テスト期間中に欠席が目立つというのは経験したことがないです。
何とか塾内での感染だけは食い止めたい。インフルエンザのような症状を訴えている塾生を強制的に帰宅させたり、マスクを配布したりしたこともありますが、もっとよりきちんとした対策をしたい。そう思い、うちの塾では「えこる」という除菌・消臭作用のある水を噴霧する装置を導入しました。
ここから出される水は、弱い菌から強い菌(インフルエンザウイルス・結核菌・白癬菌←水虫の菌)まで効果があるということです。中に入れる水は消耗品ですのでなくなれば購入しなければいけないのですが、塾生に安心して勉強の場を提供することを考えればそんなコストはタダみたいなものです。
試用している間塾生の様子をみていましたが、まったく普通に過ごしていました。これなら大丈夫。また、私はのどが弱く、よくたんが出てくるのですが、まったく出なくなりました。
インフルエンザの対策、当塾ではバッチリ行っています。安心してお子さまをお預けください。

実は30歳になってすぐの頃、ある大きな病気にかかっていることがわかり、治療のため塾の仕事を4ヶ月間休んだことがありました(ガンとかではありません)。当時勤めていたNセンターという全国規模の塾も辞めざるを得ませんでした。Nには入ったばかりでこれからというときでしたので、無念で仕方がなかったのを今でも覚えています。
おかげさまでその病気は早期に発見されましたので、当時治癒率が30%を切っていたはずなんですが、その中に入らせて頂きました。治療にあたってくださった長居駅前の島田内科クリニックの島田先生には本当に感謝しており、今でも何か体のことで気になることがあればすぐに相談させてもらっています。
さて、私は商売柄どうしても夕食が深夜になってしまいます。20代の頃は深夜でもおなかいっぱいに食べていたんですが、最近はそれを控えるようになりました。どうしても深夜に夕食をとらざるを得ないのは仕方のないことですが、量を減らしました。腹4分目ぐらいでしょうか。また、飲酒もかつては毎日だったんですが、ここ4~5年は家ではほとんど飲みません。たまに日曜の夕方、サザエさんを見ながらよそさまから頂いた焼酎とかワインなんかを飲んでいるぐらいです。外では飲みますが、千鳥足になるぐらいはまず飲みません。
ちなみにタバコはもともと吸っていませんし、私の塾のスタッフでタバコを吸う者は一人もいません(喫煙者は採用しません)ので、受動喫煙はありえません。
それで、どうなったか。ズボンのベルトの穴2つ程度ウエストがしぼみました。
ただ単純にメタボを気にしているのではなくて、長く塾を続けさせてもらうことを考えたら、自分の健康をきちんと保つことがまずは重要だと考えたのです。だから何か薬を飲むとかいうわけでもなく、健康法と言えるような運動をはじめたわけでもないのですが、単純に食べる量や種類・お酒の量をきちんとコントロールするだけでいいのではないかと思っています。
実は昨年もスライムをやりました。なので、それは知っているよ、という子も結構いてて、当日はわりと少人数。
スライムを製作後、コネコネやっているとなんか集中してしまいました。
そういえば、泥団子を作るのを趣味にしている人がいるのを聞いたことがあります。
ほんまかいな、と思いましたが、何となく気持ちがわかりました。
次は「体が浮く」実験。うまく成功するかな。
連休ですね。
8月にお盆、9月にも連休。こう休みが続くと子供は喜ぶでしょうが、大人は複雑な気持ち。
私個人の話で言えば、正直なところうんざり。銀行やら郵便局が閉まっています。これが一番ムッときます。うちの先生たちの給与は15日締めの25日支払い。その間に連休が来るとなると…自営をなさっておられる方はよくわかると思いますが、給与振込みデータの締め切り日が通常よりもアホかと思うぐらい早い。
また、みなさんからのお月謝の引き落としが今月は28日(いつもは27日)ですが、これまた引き落としデータ送信の締め切り日がいつもより早い。幸いご迷惑をおかけした保護者さまはたまたまいませんでしたが、これが一番気をもみました。
さらにお月謝案内を毎月16日以降にお渡ししておりますが、連休の関係でしばらく来ない塾生のうち、引き落としのご家庭には郵送でご案内しないといけません。でも郵便局は連休中閉まっています。
よって、すべてがすべて「前倒し」で作業しないといけなかったんです。もう勘弁してほしい。思わず来年のカレンダーを見ました。ああ、連休じゃない。よかった。(正確には19日と20日が連休ですが)
連休中、日曜を除いてずっと塾を開けています。通常授業は小6受験クラスの子を除いてお休み。中3生には理社の特訓の講座を用意し、連日がんばってもらっています。
平日とは違い、電話は鳴らんわ、来客はないわ、業者さんは来ないわでわりとヒマです。「昼間って、きっとこのオッサン、テストの丸つけしているか、問題を解いているぐらいで絶対にヒマしているわ」と思われているようですが、今は確かにはそのとおり。ヒマです。でも平日は忙しいんですよ。土曜も朝から夜までびっしり指導しています。
中3生を中心に、私が声を掛けていっているからです。
勉強をするのは自分との戦いです。勉強が好きな子はいるにはいますが、そんな子は一握り。ましてうちの塾にはそんな子はほぼ皆無。だからと言って「勉強しろ」と怒鳴るのは逆効果。
みんなわかっているんです。勉強しないといけないことぐらい。でも、勉強するつもりで気がつけば、もう寝る時間。そんなもんです。でも、塾に来てみんなで乗り切れば何とか勉強できます。おしゃべりをしていたら「コラッ」と私から叱られます。
何のために塾に来ているか。それはおもしろくもない勉強を、「みんな」で乗り切るためです。先生と一緒に乗り切るためです。「勉強がわかるようになれば、おもしろい。だから、おもしろくなるように、わかりやすく勉強を指導する」これはこれでそのとおりです。でも、それだけでは絶対に乗り切れません。
勉強するには、同じ目標を持った仲間が必要です。仲間と一緒に勉強をする場。一人だとしんどくて無理だけど、みんなとならば乗り越えることができます。その場を提供するのが塾だと思っています。
今の時期、塾向けの学校説明会がかなり頻繁に行われております。
午前中、ほぼ毎日のようにどこかに出かけては、説明に耳を傾けています。説明してくれるのは私学がほとんどで、公立はほぼないに等しいですね。公立なので、黙っていても生徒が来るということでしょうか。それとも、私塾にはまだまだ冷たいのが正直なところなんでしょうか。
私学の説明会はホテルで行われるところや、学校の講堂のようなところで行われるところもあり、さまざまです。私としては、ホテルでお上品に会を行うよりも、学校で行ってもらうほうがはるかにうれしい。学校の空気がわかるからです。中には施設見学・授業見学をさせてもらえるところもあります。見学中に、卒塾生を見かけたりすることもあります。そういうのを見るとうれしくなります。
ということで、塾にはいろいろ受験情報があります。お気軽にお声をおかけください。知っている限りの情報をお伝えいたします。
実は、私のもう一つの趣味に「アマチュア無線」というのがあります。
中学生のときに、外国のラジオ放送を耳にしてからコテコテのラジオ少年になり、それがいつの間にか「外国の人と話してみたい」という気持ちに変わり、アマチュア無線の免許(4級。ただし当時は「電話級」)をはじめて手にしたのが中学3年生のときでした。
高1のときに3級(当時「電信級」)の資格を取り、念願どおり外国の人と英語で交信。比較的決まりきった交信でしたので、ある程度の耳と「度胸」と専門用語を知っていればわりと簡単にできました。それで、さらに高出力で外国の人と安定した交信をしたいと思い、2級を取ったのはいいんですが、そこで大学受験のために無線をやめてしまいました。
大学に入ってからはまったく無線とは無縁の生活。社会人になってからもまったく無線から離れておりました。大学~社会人はチェロを楽しんでいて、無線なんか見向きもしませんでした。
ですが、ふとしたことで最近日本橋に行く機会があり、昔通ったことのある無線ショップの横を通ったときになつかしい気持ちになり、店に入ったのが運のツキ。
お店のお兄さんとしゃべっているうちに、今はインターネットを介して無線ができることを知り、昔の血が騒ぎだしました。外国の人と交信できることを夢見ていたかつての今津少年にすっかり戻ったアラフォーの私は、すぐさま無線を再開。しかし、大出力の無線設備なんてとんでもありません。マンション住まいですから、そんなことをしたらたちまち電波障害を出して近所の方に迷惑をかけてしまいそうです。
で、どうしているかというと、パソコンからアマチュア無線を楽しんでいます。これですと、インターネット経由ですから電離層の状況がどうとか、電波の状態がどうとかいうのは関係なしに世界中のアマチュア無線家としゃべれます。以前、「駅前留学」というのがしきりにCMで流れていましたが、そんなものは目じゃありません。もう、いつでもマイク片手に「CQCQ」とやれば、誰かが声をかけてきます。
私は読む英語はまだ何とかなります。インターネットの英語のページは普通に読んでいます。でも、聞く英語は今一つ。もちろん高校受験の勉強程度のリスニングはどうということはありません。でも、電話や無線で聞く英語って、なんかものすごく聞き取りにくい。相手が見えないから、もっとわかりにくい。
はじめてインターネットを介した無線でイギリスの無線家と交信したときに、「インターネット経由の海外交信はあなたは初めてです」というと、先方の「Congratulation!!(おめでとう!!)」だけ聞き取れただけで、あとは何を言っているのかまったくわかりませんでした。あとでその交信を聞いていた日本の無線家の友人(といっても、50代のおっちゃんですが)、「君ね、先方はこんなこと言ってましたよ、あんなことも言ってましたよ」と聞いて、顔から火が出るかと思うぐらい恥ずかしい気持ちになりました。それでくやしくなり、そこから英語漬けがはじまりました。
毎朝NHKの国際放送のテレビを見るようにしたり、BBCの英語放送をインターネットで聞いたりしだしました。そうすると、少しずつですが聞き取れるようになってきました。それと同時に本当に少しずつですが英語が口について出てくるようになってきました。
先日、83歳のイギリスの無線家のおじいちゃんに「お前、英語うまいなぁ!」と言われました。めちゃめちゃおじいちゃん口調の、ゆっくりした英語で。もちろん先方はお世辞で言っているんですよ。こちらはものすごくデタラメな英語をしゃべっているんですから。
ふと気づいたんですが、英会話を習いに行くよりも、ずいぶんといい英語の勉強になっているかもしれません。駅前留学よりもはるかにいいかもしれません。だんだんマイクに向かってしゃべることに慣れてきました。まさにあたって砕けろです。
2009年の夏が過ぎ去ろうとしています。
なんか短い夏だったような、そうでないような。
今日は雲ひとつない、とてもいい天気でした。でも、わりと涼しいというか、カラッとしているというか。
さりげに一日一日、確実に日が短くなってきています。毎年この時期になると、涼しさを少し感じるとともに、日が短くなるのを感じます。
この場所に塾を開いてから5回目の夏。
ぎっくり腰でスタートして、経験したことのないぐらい痛くて不自由な思いをした夏。
私が動き回るよりも、ずっとずっと講師たちが動き回った夏。
毎日誰かに「コラッ」と大声で怒鳴っていた夏。
毎日毎日すべての部屋・ブースがフル回転した夏。
自転車置き場に毎日ズラッと自転車が並んだ夏。
毎朝9時半スタートの中学受験クラスで毎日大爆笑の渦が巻き起こった夏。
ウォーターサーバーを設置したらおなかいっぱいに水を飲む子が続出してみんなおしっこが近くなった夏。
大変思い出深い、忘れがたい夏でした。
秋の足音が聞こえてきました。2学期ももうすぐそこです。
お盆休み。私は家内の父母宅(泉南)と実の母宅(生駒)へ里帰りしました。
私の父と母はいわゆる熟年離婚をしております。父は塾から歩いて5分のところに住んでおり、週に2回ほど塾の教室の掃除に来ていますので、かなり頻繁に顔を合わせています。塾生の中には、私の父を見たことがある者もいます。私の年齢ぐらいのときは、空手教室を週末に開いていて、結構子供がたくさん来ていました。
私は本を読むのが好きで体を動かすのが苦手なので、空手はすぐに辞めてしまいました。普段の父は静かですが、怒らせるとものすごく恐ろしかった。
母は生駒山のふもとに住んでいます。
母宅に行くと、たいていおもしろいことが一つあります。今回もありましたね。
近くのレストランに食事に行こう、ということになりました。それで、母が皆の注文を取りまとめて店員さんに伝えていると…
「このハンバーグのセットと、お子さまのセットと…、それから、あ、そうや。この『バーコードを4つ下さいな』」
店員さん、「は?」という顔。私、「ああ、いつものが始まった…」
どうやら、母は「ドリンクバー」を頼みたかったらしい。で、すかさず私が間に入り、翻訳を務めました。
以前、部屋にごきぶりが出てきたときのこと。
「ちょっと、おかん、ごきぶり出てきたから、キンチョール持ってきて」
母、調子のいい声で「ハイハーイ」。押入れをごそごそする音…
ほどなくして「おまたせ~」と、火のついた蚊取り線香を持参しました。どうやら「キンチョー」だけ聞こえたらしい。母の頭の図式では「キンチョー イコール 蚊取り線香」だったようで。
さて、父も母も年金生活者なのですが、母はサイドビジネスをやっております。お知り合いから畑を借りており、そこでいちじくを栽培して出荷をしております。(じっとしているのが嫌らしい)
いちじく、そこらへんのお店で売っているのを見ていると、ワックスがガンガンかけられていたり、少ししなびていたりしています。ウチの母のいちじくは朝5時に採ったものをそのまま箱詰めにして、直接お客さんのところに出荷しています。しかも無農薬・有機肥料で育てています。
おいしそうないちじくに限って虫がついていたりしているのだそうですが、私が遊びに行った日もクワガタムシが2匹へばりついて離れないいちじくを見ました。よほどおいしいんでしょう。(実際おいしいんです)ちなみに、そのクワガタムシは甥のものになったようです。
2Kgで送料・消費税込みで2,400円だそうです。クール宅急便で届きます。もしご興味のある方はぜひ注文してください。10月頃までやっています。
料金を振込みして頂かないといけないのですが、塾生をお持ちのお母さまでしたらお月謝と合算でも結構です。下のお申し込み用紙で直接母宅もしくは塾へFAXまたはお電話をください。(月謝と合算の場合はその旨申込用紙にお書き添えください)
| いちじくの注文用紙はこちら ( 119 KB / 2009/08/17 16:29 ) |
今年の夏は、夏らしい暑さというのがいまひとつありませんね。
台風も近づいているようで、またまた豪雨。
お昼前に、もしも暴風雨警報が出たときのことを考え、今日来る予定の塾生の保護者さまあてにメールにて警報の際の対応を流しました(メールアドレスをお教え頂いている方のみ)。当塾では、暴風雨警報のときは休講をします。それ以外の警報については原則行います。
ところで、私はテレビドラマをほとんど見ません。基本的に「作り物」はあまり好きではないのです。恋愛ものもすでに興味がありません。ただし、実話に基づいたドラマならば話は別。また、男臭い話であればあるほどいいですね。どんなのかというと、例えばもう10年前になりますが、NHK大河ドラマ「元禄繚乱(げんろくりょうらん)」とか、「新撰組」とか…何か一つの目標に対して、単純なまでに命がけでがんばってしまう、というストーリーがいいです。きっと私がそういう性格だからかもしれません。
今見ているのは、「官僚たちの夏」です。城山三郎さん原作です。城山さんは、頑ななまでのきちんとした取材に基づいた経済小説をたくさんお書きになりました。大学生のときから20代の中頃にかけて、オタクになりそうなぐらいたくさん読みました。実は私が独立して自分で塾を創ろうと考えたきっかけが、城山さんの作品群との出会いでした。しかし、なぜか「官僚たちの夏」は読んだことがありません。
「官僚たちの夏」は昭和30年代の通産省官僚たちの熱き日々がストーリーになっているんですが、もちろんここに出てくる人物の一人ひとりが実在の通産官僚をモデルにしていることは言うまでもありません。だからリアルでおもしろいんです。
この年代のあたり、いや、もう少し前の年代で取り上げられるドラマといえば、戦争関連のが多いように感じます。もちろんそれはそれでいいんです。でも、その中で実業界でがんばっていた人たちが題材になっているドラマを見たいといつも思っています。
具体的に、例えば松下幸之助さんなんかはかなりいいドラマが出来そう。実に多くの書籍が発行されているので、保護者さまにも松下さんの本をお読みになった方は大勢いらっしゃることでしょう。数多の本を読んでいくうちに、どうしても松下幸之助さんの足跡を知りたくなり、福島区の大開の創業の地(府立西野田工科高校の真横)や、松下本社の記念館にも足を運んだことがあります。今松下さんの生涯を知りたいのでしたら、北康利さんの著書「同行二人」がいいと思います。
また、シャープ創業者の早川徳次さんなんか、本当に波乱万丈の人生を歩まれています(早川さんのご自宅、塾からとても近いところにあります)。関東大震災で奥さまとお子さま、それに経営していた工場とシャープペンシルの特許権。それらすべてを失い、失意のもとに西田辺へ来られました。早川さんの本を何冊か読んだことがありますが、ご家族を一気に亡くされたときのくだりは涙なしでは読めませんでした。
あのシャープ本社の前の道路。当時は立ってなかった電柱を私費で設置して工場兼自宅を作ったそうです。淀屋橋の服部時計店で外国製のラジオを目にしてからとりつかれるようにラジオの研究をされ、NHK大阪(JOBK)の本放送開始に合わせて国産第一号のラジオを発売されました(1925年)。
コピーで有名なリコー創業者の市村清さんも、涙なしでは語れないぐらい、すごい人生を歩まれました。市村さん関連は、残念ながら新しい本はほとんどなく、amazonの古本で狂ったように調べ上げて数冊読んだことがあります。
すみません。話が電気屋さんの創業者ばかりになってしまいました。でも、なかなかそういう人の話がドラマになるって、ないですね。そんなことを望んでいる人が少ないからなんでしょう。私、だいぶそのへんの感覚が他人と違うようです。
寒くなるべき時期に寒くなり、暑くなるべき時期にはきっちりと暑くなってもらわないと、景気に影響が出ます。お商売をなさっておられる方は特にそうお感じでしょう。
ところで、9月に連休があります。うちの塾では通常授業は小6受験クラス生を除いてお休みにしています。本音は通常授業を行いたいのですが、おそらくお出かけになる方がおられるはずですし、中学生の中間試験はまだ少し先です。
そこで、中3生に理社の集中講座を開くことにしました。内容について、次のお月謝案内に同封させてもらう予定です(中3生のみ)。
それと、もう一つ。小学生の理科実験を行います。去年の秋も何回か行いました。去年の秋は「オモロー実験」という名前でした。が、去年は「オモロー」はまだ通じたんですが、もう今年は通じません。それで、今年のはやり言葉をなにかつけようと考えています。塾生に今はやっている言葉を聞いてみたんですが、ぱっとしません。ううむ。困った。最近、テレビでお笑い番組をまったく見ませんので、私には今その手の言葉が何なのかがわかりません。
いいネーミングがあればぜひお知らせください。
夏講がはじまっています。
うちの塾、7月は「復習期間」と位置づけて、1学期の復習を行っています。それで、それが落ち着いた7月の最終週に毎年夏講をスタートさせています。
今年は講師を増やして、塾生増に対応。私は朝9時からずっとがんばっています。塾の仕事が好きで塾を開いていますから、本当に楽しい。何年経っても、夏講が来るとわくわくする気持ちが抑えられません。
ところが、こともあろうに、講習会の前々日の日曜、自動車を運転しているときに、腰から「クキッ」という、いや~な音が。
ぎっくり腰のようです。目的地である親類の家に着いてから自動車を降りようとしたんですが、歩けない。はうようにして自動車から出てきました。運転席から降りるのに10分。そこから家内の背中を借りて5メートル先の建物の入り口へ5分。親類宅では、トイレに行くのにも20分。死にそうなぐらい痛い。到底自動車を運転できる状況になくなり、やむなく1泊。
翌日(月曜)、最寄りの鍼灸院で診てもらい、自動車の運転ができる最低限の状態に治してもらってから、意識がもうろうとなりながら自宅に到着。
塾にはタクシーで何とかたどりつき、他の講師スタッフに一日の段取りをしてから体を引きずるようにして早々に帰宅。月曜の私の授業はすべてキャンセル。今までは、どんなに熱が出ても他人にうつらないのであれば指導をしていました。でも、今度ばかりはまったくもってダメでした。
翌日(火曜)の講習会一日目はどうにかクリア。というより、つらい。立っているのも、座っているのもつらい。常に背中に包丁を刺しているような感じ。塾歴14年目(開業5年目)ですが、こんなにつらい夏講スタートは、はじめて。
保護者さまでカイロプラクティックを開業なさっておられる方がいらっしゃるんですが、そこのお宅まで歩いていくだけの力がなかった(50メートル歩くのも死ぬほどつらかった)上に、夏講がはじまってしまい時間が取れません。なので、その方に対して申し訳ない気持ちいっぱいになりながら、塾から歩いて30秒の鍼灸整骨院へ。ハリを打ってもらったり、カイロさながらにグキグキッて治療をしてもらっています。
というわけで、今日は金曜日。いつも塾長日記の更新は月曜日。更新ができなかった理由は、そういうわけだったんです。塾生のみんなや、保護者さまには多大なるご心配をおかけしました。申し訳ありませんでした。かなり快方に向かっています。でも、油断は禁物。エアコンをかけて寝ているうちに、どうやら背中を冷やしてしまったのが原因のようです。これは、バカボンパパのようなかっこう(腹巻き)をして就寝しないといけないかもしれません。
今日は夜に中3社会集中講座(夏講)のみ行いました。通常授業はお休みです。
夕方に塾を開け、ぽつんと一人でいてると、ふと塾を開いた4年半前を思い出しました。開いてしばらくの間、夕方の時間帯は誰もいませんでした。 誰もいない塾の教室で、「なんでオレ、塾を開いたんやろう」と開業したことをまあまあ後悔していたことも。
今はそんなことは遠い過去の話になりつつあり、明日からは、ふたたび活気づいた教室がはじまります。週に何日かは、本当に教室(ブース)が足りなくなります。たくさんの子たちに通ってもらっていますし、講師もたくさんいます。
たくさんの子や保護者さまにうちをお選びいただき、評価して頂いている中で私のすべきこと。保護者さまにお会いし、お電話でお話しさせて頂き、子供たちに直接指導することももちろんあります。しかし、もっと大事なこと。それは、「毎日、ゼロ査定をする」ことです。日々の指導や業務を、本当にそれでいいのかゼロ査定しています。女性スタッフ(元保護者さま)にも入ってもらい、女性の視点から意見を頻繁に聞き込んだりしています。時折、どちらが塾長かわからなくなるぐらいに。
それだけでは飽き足らず、先日も保護者さまにお月謝案内にアンケートを同封させていただき、叱咤激励をお願いしました。幸いに激励が多く、ご満足頂いている方が多いことがわかりました。(そのうちの一部は、ホームページに活用させて頂いています)
お叱りに関しては素直に耳を傾け、修正すべき箇所を直していきました。
しかし、まだまだ不十分なことが多い。私は、地域で一番の塾になることを考えています。一番というのは、トップ校の合格者数が一番ということでは決してありません。満足度で地域一番、成績アップ度が地域一番、みなさんがわくわくなさるお気持ちが地域で一番の塾です。私の目指しているところを100点とすると、今は20点です。開業したての頃は5点です。
少しさぼってやろうという気持ちがでてくると、必ず開業当初の誰もいない教室を思い出し、自分の心を鼓舞して20点を21点に、21点を22点にする努力を日々行っています。
実はやっと、今日から新しいホームページを本格運用しはじめました。
業者に任せっきりで、前回の更新がいったいいつだったっけ?みたいなページにはしたくありませんでしたので、セミオーダーの形で注文し、テキスト文書等の更新はできるだけ簡単にできるものを選びました。どんな感じでしょう?ただし、7月13日午後11時の時点では、「塾長より」「5人ゼミって」「日記」ぐらいしか更新できていません。他は工事中です。毎日時間を見つけて少しずつアップしていきます。
それに伴い、今まで使っていたblogも、livedoor blogから引っ越してうちのページ内に日記として収めてみました。
今までのホームページ、塾を開業するときに私の音楽仲間のTさんに作ってもらいました。その後私が素人感覚であちこちいじくりたおしていますので、フォームがぐちゃぐちゃになっていました。
週末になり、今まで契約していたプロバイダが突然ホームページを削除してしまいました。あれ?もうちょいいけたんと違いましたっけ??ちなみにお金は来年1月分まで先払いしていました。
いずれにしても、ホームページがない状態が続くのはちょっと困ります。この塾、つぶれたんと違う?と思われるのは嫌ですし。
それで週明けの今日、今度の業者さんにとりあえずトップページだけでも見える状態にしてもらいました。トップページ、なかなかいい感じでしょう?うちの塾の普段の様子が最もよくわかる絵が中心になっていて、かなり気に入ってます。この絵、実は塾生に描いてもらったんです。その絵が、今回のホームページ業者の中におられるプロの手で、いい感じで配色されて装いも新たになりました。
ほかのページはまだこれからです。予定では来週以降です。
ちなみに3gaku@3gaku.comのメールもきちんとつながるまでまだあと2~3日かかる模様です。
ホームページ(PC・携帯とも) http://www.3gaku.com
それで、今までのホームページを載せていたプロバイダさんとの接続がどうもうまくいっていないらしく、うちのホームページはウェブ上から現在「失踪中」です。
週明けにも対応してもらう予定でいますので、今しばらくお待ちください。
先ほど最後の塾生を帰したところで、教室はもちろん、自分の机の上もぐちゃぐちゃです。
今日は雨がものすごく降ってきて、テスト対策も佳境を迎えているときに、部屋の端っこから「ジョボジョボジョボ…」と音が。
え?何?
何と、雨漏りがしているではありませんか。しかも、かなりすごい勢いで。もう、教室の一部は昔のドリフターズのコントみたいになってしまいました。あの、「ポツ、ポツ、ポツ、チーン!」とかいうやつです。(これがわかる人は、40歳前後かそれ以上の方だと思います)
先日、ビルオーナーさん経由で工務店の社長に修理してもらったんですが、これは本格的にみてもらわないといけないようです。
あまり関係がありませんが、工務店の社長の娘さん、実は私が前職で指導させて頂いてたんです。世の中、とても狭い。

ちょうど私の年齢のあたり(いわゆる「アラフォー」)で2度ほど倒れて、いずれも心臓の大手術をしています。ですので、結局心臓が原因のようでした。今朝、父からのメールで知りました。
小~高校生の頃、一番近くに住んでいた親戚が叔父一家でしたので、家族ぐるみで毎週のようにお互いを行き来していたこともあります。また、叔父は某家電メーカーに勤務していたので、我が家は太陽熱温水器からひげそり機まですべてH社の製品でした。
近しい人が亡くなると、そのたびに人の命のはかなさを思い知らされます。また、自分の死に様というか、一生をどう過ごすべきかを改めて考え直してしまいます。わが人生がまさに終わろうとしているのを自覚したとき、「オレはよくやった。もう一度人生を歩めと言われても、これ以上のことはできないぐらい、よくやった」と納得してあの世に行けるかどうか。
高校生の頃、小林秀雄を読んでいるとき、「人の死に顔は完成品だ」という旨の文章に出くわしたことがあります。そのときは「このオッサン、何を言ってんねん。死に顔なんか、醜いかもしれへんやんか」と感じていました。実際に、小学生のときに祖父が亡くなったのですが、そのデスマスクがとても苦しみもがいたような顔だったんです。
小林が言いたかったのはそういう物理的なことではなく、一個の人間として立派に人生を生き抜いた姿は崇高なものだ、ということを言いたかったのだと今は理解しています。
明日は密葬に参加するため京都まで出向きます。ですので大変申し訳ありませんが、塾は午後4時頃に開ける予定です。
今年の子たちは…まだ半分ぐらいしか結果をもらってませんが、例年にくらべて全般的に国語が弱いですねえ。国語が弱いというのはかなり致命的で、ほっておくと大変なことになります。
英語を勉強するのも、数学を勉強するのも、他の副教科もすべて勉強するために日本語で説明を受けますし、日本語を読み書きして理解しテストを受けます。ですので、国語ができないというのはかなり致命的です。もう、正直に言いますが、何をしてもまったく伸びません。伸びたように見えても付け焼刃的な伸び方ですから、すぐに元の木阿弥です。
ちょっと話がそれるかもしれませんが、漢字を覚えられない子はほぼ完璧に英語も覚えられません。関係ないようにみえますが、連動しています。日本語も英語も「語学」です。母国語がいい加減なのに、どうして外国語をきちんと覚えられますか。
今年の3年の子たちは国語を取っている子が極端に少ない。ですので、国語をどうこうしたくてもできません。ああ…
だからと言って、他の塾みたいに強引に5科指導する手もありますが、「そういう強引なことをしないからうちに来た」塾生や親御さんがいらっしゃるのも事実です。
夏講で3年生は強制的に社会を除く4科を指導する(社会は申し込み制)から、そこで勝負するか。それで、できれば2学期以降も指導させて頂くべくお願いするしかないか。本音は5科指導をさせて頂くことです。入試は基本的に5科ですから。3科の公立もありますが、内申点はバッチリ5科+副教科です。なので、安易にお考えにならないで頂きたいのです。
3年生の話ばかりしましたが、もう間もなく3年生の入塾受付を終了するつもりです。「クラブが終わってから塾に行けばいい」という方は毎年お断りしています。厳しい言い方ですが、そんなに甘くはありません。クラブが終わってから結果を出しはじめる子は、それまでに積み重ねをきちんとしている子です。もしくはクラブもやりつつ勉強もきちんとしていた子です。毎年、クラブで走り回ってヘトヘトになって、眠い目をこすって塾に来る子がいます。そういう子は精神的に強い。自分にも厳しい。そういう子こそ2学期以降、限りなく結果を出しはじめます。
うちの塾は「クラブはどんどんやってください」と言っています。現に、クラブで走り回ってから塾に来る子や、ブラスバンド部の子が大勢来ています。(ブラバンは練習が厳しい。椅子に座っている「体育会系」だと思います。)
しんどいことから逃げずに、勉強と部活の両立を目指すということは、並大抵のことではできません。「勝つこと」「結果を残すこと」にこだわっているクラブに入っている子ほど精神的に強い。決して困難から逃れず、真正面からぶつかっていきます。そういう子が勉強でも輝かしい結果を残していくのです。だから「クラブをやっている子はどんどん来てください」と言っています。
クラブが終わってから塾に通い出す子は、残念ですが結果がほとんど出ません。それに、夏休みから来て頂いても、残念ながら3年生の成績(内申)はもう3分の1ついたあとです。そこから挽回できるような甘っちょろいものではありません。じたばたしても、1学期の成績は絶対にもうどうしようもできないのです。
お月謝を頂いている以上、費用対効果がきちんと出ないような無責任なことは、私にはできません。もしも3年生の人で塾を考えている人は、早いめに塾に来てください。うちの塾では、夏講では夏休み以降もまだクラブ活動が続く3年生の子のために、夜の時間帯を用意しています。(他塾では昼間の時間帯が多い)
今回の一番のヒットは入塾前(学年末)46点→今回96点ですね。中3の数学です。
ちなみに、大きな塾での話でもなければ、何十教室もある個別指導塾の話でもありません。数十人しかいない、ウチの塾での話です。しかも、中途入塾の子なんて何名もいません。そこでの話です。もっと言えば、まだ先週末にテストが終わったところもあり、まだそこの結果がまったくわかっていません。
それにしても、2週間後には期末テストがはじまります。夏休みも短くて、8月27日から2学期がはじまります。夏講の日程や予定をいろいろいじくらなくてはなりません。インフルエンザの影響がまだまだ続いています。
終了した学校の子は結果が返りつつあります。大変いい感じですね。そら、何をどういうふうに勉強してもらうかを考えに考えてやらせたんですから、当然です。
今回特記すべきことは、毎日自習に来ている子が特に点数を伸ばしたことです。前回の学年末テストまではまったく振るわなかったんですが、そのときに毎日塾に来て、必ず2時間勉強してから帰るように指導したんです。
今回の中間テスト、その子は今まで見たことがない良い点数を取ってきました。また、間違った問題もきちんと分析してあげると、惜しい間違いばかり。短期間で成長しているのを見ると、自分のことのように本当にうれしくなります。
テストと言えば、中学受験をする小学生の「駸々堂(しんしんどう)」テストも返却されてきました。
こちらも絶好調。受験した6年生の子は、いずれも志望校判定で「A判定」~「C判定」がついていました。ちなみに、その子たちが第一志望にしている学校で、難易度も結構ある中学です。受験クラスはいずれも私が全教科を個人指導でみています。
どの教科も調子がいいのですが、国語はかなりロジカルに読解して解いてもらっていますので、どの子も特にズバズバ伸びてきています。
どう勉強すればいいかわからない、と言う人が多いですが、国語も算数のようにロジカルに解くことができます。というより、解けないような問題は悪問であって、そのような問題は受験には絶対に出てきません。
国語で悩んでいる人は是非来てください、と言いたいところですが、中学受験クラスは残念なことに満席です。申し訳ございません。時々お電話でお問い合わせを頂くのですが、そのたびに丁重にお断り差し上げております。今の6年生が来年1月に卒塾したら若干名を募集する予定です。


